第33回東京国際映画祭 観客賞受賞作『私をくいとめて』大九明子監督インタビュー
今年の東京国際映画祭では、コンペティション部門を「TOKYOプレミア2020」に統合。観客の投票により観客賞のみを選出する初の試みとなった。また、今年は来日が叶わない世界各国の映画人とリモート接続で上映後のQ&Aを実施。感染防止対策を取りながら、可能な限り劇場で映画を上映しつつ、オンライン配信で補完する映画祭となった。
そんな今年の映画祭で、のんがおひとりさまヒロインを務めた大九明子監督作『私をくいとめて』が観客賞に選ばれた。大九監督は、3年前に松岡茉優主演の『勝手にふるえてろ』でも観客賞を受賞しており、2度の観客賞受賞は初の快挙。そんな注目の大九監督に、最新作の話題から映画祭や映画製作に対する思いまでお伺いした。
映画『私をくいとめて』について
―『私をくいとめて』は東京国際映画祭でワールドプレミアとなりましたが、もともと完成披露はいつ頃の予定でしたか。コロナ禍で本作品の製作はどのような影響を受けましたか。
もとから11月頃に完成の予定でした。ただ、3月から4月中旬にかけて撮影を予定していたところが、一時中断することになりました。6月に撮影を再開して7月上旬に撮影を終えましたが、東京国際映画祭には到底間に合わないと思っていました。そこにワールドプレミアが決まったため、字幕を付ける作業を大急ぎで行いました。
―撮影が中断していた間は、製作が完全に止まっていたのでしょうか。
撮影が中断していた間にも編集作業は進めていました。ただ、普段なら映画製作は集団での作業になるところが、感染防止対策でできるだけ製作現場に人が移動したり集まったりしない方針をとっていたので、編集の米田さんと二人だけの作業になりました。どちらかといえば私は一人作業を好むところがあったのに、いざ集団での作業ができずに二人だけとなると、寂しいものだなと思いながら進めていました。
―撮影の中断により、当初の予定から変更したことがあれば教えてください。
撮影を再開したとき、元通りのシナリオで朗らかに撮影をする気分にはとてもなれなかったので、脚本のリライトを行いました。主人公のみつ子(のん)がローマに住む親友の皐月(橋本愛)のもとを訪れる場面は、当初は二人でローマの街中に出かけて散策するシーンを予定していましたが、皐月がどこにも行けずにひとりで家にいる設定に変更しました。もともと12月の劇場公開を予定していて、その頃にどのような状況になっているかはわかりませんでしたが、きっと精神的にも物理的にも影響を与えたコロナの時期は、まだそんなに記憶に遠いところにはないだろうと思いました。その中で皆さんが映画館に足を運んだとき、同じ時代を生きていますよ、と寄り添いたかったというか。そういった世界の空気が感じられる内容にしました。
―今回、『勝手にふるえてろ』に続き、再び綿矢りささんの原作小説を映画化するに至った経緯を教えてください。
『勝手にふるえてろ』の仕上げの頃に、いろんな人から「綿矢さんの新作読みました?」と声をかけられました。『勝手にふるえてろ』では、原作が主人公の独り語りだったものを、妄想して脳内でしゃべっている設定に演出したんです。それが、「綿矢さんの新作『私をくいとめて』では、すでにAという名前で脳内にいるんですよ」と聞いて、驚いて。そういう小説を書かれているのを私は存じ上げないまま、『勝手にふるえてろ』を作っていました。だから、僭越ですけど綿矢さんと脳内がリンクしているようですごく嬉しかったし、それは早く読まねば、と思いました。最初は映画にするつもりなく読んでいましたが、楽しく読んで脳内がすごくカラフルになり、これは別の人が映画化して、私が受けた楽しい読書体験が反映されないものになったら嫌だなと思って。それでとりあえずシナリオを書いちゃったんです。それからプロデューサーに見せて、映画化することになりました。
―『甘いお酒でうがい』も、主人公の女性の心の声で進行する印象がありました。そういう部分は、監督ご自身の興味があるからなのか、それとも『勝手にふるえてろ』のヒットを受けてこういった企画が続いているのか、いかがですか。
もともと常に妄想してしまうし、すごくマイナス思考で、いろんなことをネガティブに妄想してしまう癖はあるので、たまたまそれが活かされる原作に出会うことが続いているのかもしれません。
―映画全体のトーンは全然ネガティブではなく、どちらかというと楽しい感じで、その中に毒がある印象を受けます。ネガティブになりすぎないよう気をつけているのでしょうか。
どうでしょう。ネガティブだからこそ、とにかく人が怖いんですよ。人に笑っていてほしくて、自分も笑っていたくて。だから切なる願いとして、ふざけちゃう癖はあります。つまらないより面白いほうがいいなと思ってしまって。
―今回特に原作よりもここはふざけたポイントを入れたという点はありますか。
原作ではカーターが面白すぎて驚きました。これをそのまま実写にすると、だいぶスベるなと思って、どうすればいいんだと思いました。でも若林拓也君と臼田あさ美さんのコンビが良かったので、そこはむしろ徹底してふざけましたね。臼田さんが尽くす女性としてネガティブに映らないようにすごく気をつけながら。カーターのほうは、みつ子からは嫌な奴と言われていますが、私は愛すべき人間にしたかったので、尽くされることが当たり前というところから一歩踏み込んで、尽くすのぞみさんに感動しているキャラクターにしました。自分の映画の世界で、あまり自分が嫌いだと思う人を肯定したくないので、カーターはちょっと好きな奴に変えた感じです。
―のんさんには私はおひとりさま女子のイメージがなく、主人公の30過ぎの女性を、まだ27歳ののんさんが演じることも、少し意外に思えました。どのような経緯で、のんさんに決まったのでしょうか。
正直なところ、主人公のイメージが実写でまったく浮かんで来なくて、誰にやってもらったらいいんだろう?と思っていました。のんさんをプロデューサーに提案されて、「ああ、なるほど!」と気がついた感じです。年齢不詳だし、なんか不幸でもないけど多幸感にあふれた人も違うなと思ったんですよね。ごく普通の会社にいそうな空気を、きちんと演じられる方が良かったので、ぴったりだなと思って。ただ、実年齢が27歳なので、小説のほうは33歳の設定のところを、少し下げて31歳にしました。
映画祭への出品に対する思いについて
―今回、『私をくいとめて』は東京国際映画祭でワールドプレミアですが、それに対する心境はいかがでしょうか。
大変光栄に思います。私は『勝手にふるえてろ』以降、去年は審査員としてですが、毎年いろいろな形で東京国際映画祭にお世話になっています。今年は海外の映画人はお呼びできなくなりましたが、例年の映画祭となるべく近い形で、実際にお客様をお入れして開催することにした決断を、すごく素晴らしいと思います。この特別な年の映画祭に選ばれたことは、私たち全スタッフ、全キャストがすごく嬉しく思っています。
―5月末に世界中の映画祭が協力して実施されたオンライン映画祭「We Are One: A Global Film Festival」にも『勝手にふるえてろ』が日本から選ばれ、最近すごく注目されていると思います。こちらについてはいかがでしたか。
映画を作るとき、私はいつも映画館でご覧いただくことしか考えずに作り続けています。でも「We Are One: A Global Film Festival」では、世界の映画祭が手をつなごうという決断のもと、配信で映画を観ていただくことになりました。そのとき、ヨーロッパ、アメリカ、アジア圏など、本当にいろんな言語の方から、私のツイッターに直接感想を頂戴しまして、目から鱗と言いますか。ああ、必ずしも映画って劇場に縛り付けておくものではないんだなあ、見たい方のところに届けることもすごく大切なことだなあと驚きました。
―それを受けて、今後の映画製作に影響することはありましたか。
We Are Oneの配信を受けての影響ではなく、徐々にですが、3年前に国際映画祭にノミネートされて以降は、常に世界中に向けるつもりで作ってはいます。We Are One以降、それはなお確信しました。たとえ、「国内での売り方だと、こういうところはちょっとこうしてほしいんですよ」とスタッフやプロデューサーと意見がすれ違ったとしても、やっぱり私は忠実に、自分と世界のどこかの誰かのために映画を作りたいという考えを改めて持ちました。
『勝手にふるえてろ』のときは、もう本当にプロデューサーの意見も全部、あらゆることを無視して、ヨシカという主人公的な誰かに届けばいいやというつもりで、自分が面白いと思うものをひたすら作ることを突っ走ってやりました。すると意外にも、ヨシカ的な女性というより世界中の男女を問わず、「僕はヨシカです」などと言ってくださいました。世界中のどなたかにとっての大事な映画になることは、私にとって最高の喜びだなと改めて実感しましたので、今もそういうつもりで作っています。
映画製作にまつわる思いについて
―『勝手にふるえてろ』以降は1年に1本ペースくらいで、すごく忙しくなっているのでしょうか。
映画に関してはそうですね。その間にドラマもやらせてもらって。やっぱり何か作っていると精神衛生上いいので、常に作っていたいというか。そうして作ったものに興味を持っていただいて、取材していただくのは本当にありがたいので、頑張って答えなきゃと思うのですが、慣れないことなのですごく疲れますね。取材されといて、こんな生意気なこと言って恐縮ですけど、現場で撮影しているのが一番ほっとします。
―やっぱり撮影現場が自分の属する場所、みたいところはあるのでしょうか。
そうですね。最初の頃は、単独行動がすごく好きな人間なのに、よりによって映画のような集団芸術の場に身を置くことになってしまって、すごく苦痛でした。シナリオを書いているときや編集しているときなど、個人に戻れるときしか楽しめませんでしたが、5年くらい前から、気がついたら現場が一番楽しいという身体になっていて。すごく現場が居心地いいですね。
―もともと集団でという性分でもないのに、映画をやろうと思ったのでしょうか。
もともと何かを作る仕事をしたいとずっともがいていて、20代の頃はひとりコントをやっていました。コントを自分で作って演じていたんですけど、面白い人はいっぱいいて、私なんか全然面白くないと痛感して挫折しまして。そのたびに逃げ込むように行っていたのが映画館でした。もともと中学生くらいからひとりで映画を観て回るような子でしたが、ある日、映画館で映画美学校のチラシを目にして、なんとなく応募したんです。自分が作る人間になるとは思わず、映画人がいっぱい輩出されるのを横で見ていたいな、くらいの気分でした。でも映画を1本作ってみたらやっと、芸人として自分が演じる人間になりたかったわけじゃなく、作って演出したかったんだなと思って。30歳くらいで、やっとやるべき仕事が見つかったと感じました。
―監督の作品を拝見していると、すごく痛々しくて切れ味鋭いところがあるのに、楽しい印象を受けます。それにはコントの経験が影響しているのでしょうか。
それはあると思います。やっぱり人が怖くて笑っていてほしいので、ついつい媚びるように笑わせにかかってしまいます。自分も笑っていたいし。基本的にいろんなことがすぐ頭に来ちゃうんで、お笑い番組をいっぱい録画して撮りためといて、家ではそれをひたすら見ていたり、深夜ラジオを聴いたりして、楽しい気分でいるように心がけています。
―影響を受けたもの、何かこれはというものはありますか。
コント師さんのコントが本当に素晴らしいし、ご一緒したいなと思う人がいっぱいいます。昨年はドラマ『時効警察はじめました』に、空気階段というコンビに出てもらいました。今回出演してもらっている吉住さんや岡野陽一さんも、一ファンとして出てほしいなと思ったので、お声がけしました。
―最後にトロントの皆さんに向けてメッセージをお願いします。
私をトロントの映画祭に呼んでもらえるように、なんか運動をお願いします(笑)。トロントにはお邪魔したことがないので、ぜひお願いします。
―東京国際映画祭の出品作品が翌年のトロント日本映画祭で上映されることがよくあるので、私はそれを期待しています。今日はありがとうございました。
大九明子監督プロフィール
横浜市出身。1997年に映画美学校1期生となり、『意外と死なない』(99)で映画監督デビュー。『恋するマドリ』(07)、『東京無印女子物語』(12)、『でーれーガールズ』(15)などを手がけた後、『勝手にふるえてろ』(17)で東京国際映画祭コンペティション部門の観客賞を受賞。その後も、『美人が婚活してみたら』(19)、『甘いお酒でうがい』(20)など、次々と話題作を発表している。
『私をくいとめて』 12月18日(金)日本全国公開
31歳の会社員みつ子(のん)は、おひとりさま生活を満喫する独身女性。脳内相談役「A」にひとりで会話しながら、日々楽しく過ごしている。そんなある日、会社に出入りする営業マンの多田くん(林遣都)と、恋のような奇妙な関係が始まる。
監督・脚本: 大九明子
出演: のん、林遣都、臼田あさ美、若林拓也、前野朋哉、山田真歩、片桐はいり/橋本愛
原作: 綿矢りさ「私をくいとめて」(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
配給: 日活
©2020 『私をくいとめて』 製作委員会