米国トップチャートを制したK-POP、日本音楽産業に勝機はあるのか?|世界でエンタメ三昧【第68回】
北米ビルボードを総なめにするK-POP
日本アーティストの海外展開は事例がとても少ない。なぜなら、アニメ・ゲームのような映像コンテンツと違って、純粋な音楽性と歌詞と演奏という聴覚要素だけで異文化のユーザーに好まれなければいけないからです。第67回で語ったように、BABYMETALにしてもビジュアルや世界観といった音楽以外の部分も含めた提供価値だったわけです。日本コンテンツの輸出額としても、1兆円を超えるゲーム、数百億円のアニメ、TV番組、マンガ、映画に対して、数十億円と数段遅れているのが「(マンガ以外の)出版」と「音楽」なのです。そのくらい音楽は異文化浸透が難しい。
そんな難易度の高いウルトラCな状況にチャレンジし、目覚ましい成果をあげたのが韓国音楽業界、いわゆるK-POPです。図1で米国のBillboardへのランクインの歴史をたどりました。「破竹の勢い」とはこのことでしょう。ほんの5年前にPsyが入ってから怒涛の勢いで18組のアーティストがランクイン。BTSとSuperMに至っては北米チャート1位を獲得。BTSの『LOVE YOURSELF:Answer』は米国だけで100万枚以上売りあげ、RIAAからプラチナアルバム認証を受け、「韓国人初のNYスタジアム単独コンサート」「最年少文化勲章」など、とにかく記録づくし。BABYMETALが日本音楽として北米で記録的な人気を博しましたが、例えば彼女たちのギミチョコがYouTubeで1億視聴といっても、実はK-POPでいえばBig Bang、TWICE、BTS、Blackpinkなど視聴3〜5億クラスがゴロゴロいる、といった具合なのです。
K-POPはマンガ市場規模、輸出力は日本の30倍
図2が日本と韓国の音楽市場比較です。10年前、日本は≒アジア市場といってもよいほどの音楽大国で、50億ドルを超える市場を誇っていました。その時の韓国は30分の1にも満たない16百万ドル。そこから10年で日本は半分の26億ドルになり、韓国は5倍の5.8億ドルになりました。いまだに規模でこそ日本が韓国の4倍ですが、注目すべきは「輸出」です。K-POPとして売り出された韓国音楽の海外市場は、ほぼ韓国国内市場と同規模の5.6億ドル。なんと10年で34倍です。海外で稼ぐボリュームで考えてしまえば、日本の音楽市場の海外展開こそK-POPの30分の1にも満たない状況、と言えるでしょう。
さらに、K-POPの国内外すべてをあわせた市場は、図2でも全容を捉えられているとは言えません。ライブやグッズなどがあるからです。特にK-POPアーティストは海外ライブも積極的で、韓国国内(音楽500億/ライブ1,643億)と海外(音楽400億/ライブ&グッズ934億)、これに観光効果なども積み上げれば、日本のマンガと比する4000億に近い市場があると分析されています(「なぜか誰もやらない「K-POP産業の市場規模」推計をやってみた」https://gendai.is
media.jp/articles/-/59981)。
軍隊的な育成システム、逃げられぬ契約
韓国コンテンツを海外に売り出そうという「韓流」の歴史は90年代の韓国ドラマから始まります。第一期は95年〜05年、「プロダクトベースアプローチ」でアジア全体にCDやVideoで展開していました。第二期となる06~15年がアジアのみならず欧米に向けて「スターアプローチ」でK-POPアイドルで精力的に展開、特にYouTubeと現地ライブを中心にした展開でした。現在は2015年からの韓流第三期にあたり「スター&クリエイター中心アプローチ」としてSNSをベースにクロスメディア展開が中心になっています。
K-POPの特徴はなんといっても「Over Production作りこまれた」アイドル達でしょう。基本は4、5名からなるグループアイドルで、平均2〜5年間の育成期間に歌・ダンス・演技・語学など毎日平均12時間徹底的にトレーニングされ、整形(1人あたり整形費1百万が計上されていたりします!)から美容に至るまで事務所はアイドルのすべてに手を加え、育成をしていきます。500社を超える芸能事務所、その練習生だけで年1000人以上がおり、そのうちデビューまでいく人間は20〜30人もいればよいほうで、それが毎年のように入れ替わります。その厳しさは有名ですが、それでも韓国におけるスター産業のひとつ。最大手のSMは毎年30万の応募者を抱え、驚くべきことに2012年時点で韓国総人口の4%が音楽事務所オーディションに応募したという記録もあります(ちなみにジャニーズは毎年10万人と言われています)。
7〜13年と言われる雇用期間は縛りも強く、その間は収益の大半が事務所に入り、本人たちも「雇用者」でしかありません。ただ悪名高くもあるその育成システムも、これだけ多くの応募者をさばき、育成コスト(1人あたり年3百万円、育成すべてで約2千万円の費用がかかります)、マーケティングコスト、楽曲コスト(SMだけで450名の作曲家と付き合い、100曲/週のペースで新曲を生み出している)なども考えると、致し方ないことなのかもしれません。まばゆく輝く光には必ず影がついてまわります。
この3年ほどのK-POPの快進撃の裏には、アーティスト・俳優と事務所との強すぎる契約が問題視もされており、10万人中25人という韓国の自殺者のうち、2割が芸能人といわれています(韓国自体が2004年以降OECD諸国のなかでずっとワースト1位の自殺率という状態を加味しても、さらにそのストレス度の高さがうかがえます)。日本のメディアでもフォーカスされた東方神起はデビューから7年弱の間に45枚のシングル・アルバムを発売、地球約60週分の距離を移動し103回のコンサートを開催したが休養日は年2週間にも満たなかった、という過酷さでした。CDは50万枚以上売れて1人あたり売上の0.4〜1.0%の配分というプロフィットシェアにも不満が強く、訴訟問題に発展しました。契約解除するにはそれまで東方神起プロジェクトに費やされた約6億円の3倍の費用が必要という事務所側の反論も話題を呼びました。
こうした高密度かつ家族的な仕組みは「徴兵制」をもつ韓国ならではで、まさに軍隊的にタレントが生み育てられていくことで、高いプロフェッショナル性をもったアーティストが生み出されています。ただ重要なポイントは、ここまでいっても北米では「ニッチ」だということです。2017年の輸出額は5.12億ドルですが、日本(6割)と中国(2割)がほとんどで、米国は1割の65百万ドル、欧州は7百万ドルに過ぎない。2011年少女時代が登場したころは日本が8割だったことを考えると、徐々に中国、そして2018年以降は北米と、広がってきているとはいえますが、「一番のお客さん」は日本であることは変わらぬ事実です。
音楽レーベル・芸能事務所の収益
ただ2015年までの文化浸透期までは確かに儲かっていなかった韓国音楽事務所もここ数年の勢いは目覚ましいものがあります。SMエンターテイメントは売上5.5億ドルの純利28百万ドル、2位のYGで売上2億ドル超、3位のYPで1億ドル。そこにあらわれたダークホースがBTS擁するBIGHITで、3年で売上1.9億ドル、純利で60百万ドルまで生き馬の目を抜くような成果。まさにKorean Dreamを体現する大成功の芸能事務所です。こうした数字が顕在化してきている以上、アーティストとの契約にも見直しが必要なタイミングにきていると言えるでしょう。
エンタメ産業は10年で様変わりします。日本のゲーム・アニメが騒がれているのと同様、韓国はゲーム以外の強力な輸出コンテンツとしてK-POPを生み出しました。市場規模こそ日本の1/4ですが、グローバルでみればその30倍もの認知度がある状況です。それが、たかだかこの5年で積み上げられたものだということは正直驚きを隠せません。韓国という極東から生まれ、欧米を席捲しているこの音楽産業の仕組みは、アーティスト育成と契約という韓国ならではの生産様式の優位性を示す事例でもあります。日本のマンガ・アニメ・ゲームもまさに同じことが言えるでしょう。それでは日本の音楽産業でこれを実現するには何が欠けていて、どんな取り組みをすべきなのか。それはまたこれからの連載のお楽しみに!

中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に“The Third Wave of Japanese Games”(PHP、2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。新作『オタク経済圏創世記』(日経BP、2019)も発売中!仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com