エンタメ覇権の変遷 – 米国と中国のハザマで | 世界でエンタメ三昧【第52回】
業界始祖の日本が、欧米との攻防に弱まり、中国に敗れるまで
世界のゲームの歴史は日本が作ったといっても過言ではありません。図1は任天堂・セガサミー・バンダイナムコ・スクウェアエニックス・コナミ・カプコンの6社売上をたどれる限り合計した金額です。ファミコンが生まれた80年代、日本では10年かけて1兆円規模のビデオゲーム市場が生まれました。1990年に8千億だった玩具業界からみると、新星のように現れたビデオゲーム市場は、脅威と羨望の対象であったことでしょう。そうした玩具業界から、任天堂とバンダイが機を見るに敏でそのモメンタムを捉えたのに対して、タカラトミーやサンリオは進出に大きくは成功できませんでした。また米国の玩具大手のマテル、ハズブロも同様にビデオゲームには入り込めなかったことを考えると、前の2社が特異すぎたのかもしれません。
この玩具からビデオゲームへの流れは現在の動きにも似たものがあります。2007年にピーク7000億規模から下がり続けているビデオゲーム市場。それに対して07〜16年と10年かけて1兆円規模に成長したモバイルゲーム市場は、実はビデオゲーム自身の80年代と似たような成長トレンドを描いています。幾つかの玩具・ビデオゲーム大手が同様に挑戦し、幾つかが成功し、今はそのモバイル市場も上げ止まりと、成長鈍化の途上にあります。ただ、おそらくは90年代にプレステや3D化などのイノベーションを経たときのように、幾つかの改善・前進のなかでその市場は安定化に向かうことが予想されます。
日本のビデオゲームの栄華の時代は2000年ごろまでと言われています。21世紀に入って欧米大手の躍進が目立ち、当時日本に次いで大きな市場となった米英独仏などの欧米市場は、90年代は数百億円規模に過ぎなかったEA・Activision Blizzard・Ubisoft・Take-Twoといった欧米大手4社を成長させ、1兆円規模にまで上り詰めます。ただ2000年代は同様に日本企業も成長を続け、最終的には2007年のWiiピークの時代に3兆円規模まで上り詰めます。その後この10年はずーっと下り坂。スクエニ・バンナム・コナミなどはモバイル化の発展で再度成長のポテンシャルを掴んでいるものの、相対的に他の国の成長速度にはついていけません。
そうです、中国です。世界シェアということでみてしまうと、この10年は次元が一変しました。2000年前半は100億円前後、2010年にようやく3000億規模で日本大手に並んだに過ぎなかったTencent、Netease、Perfect Worldといった中国ゲーム大手3社は2015年時点で数兆円規模にまで膨らみました。Tencent1社だけで4兆円規模、まるまる日本のゲーム市場規模といったレベルにまで到達します。巨大な成長市場である中国において5割の寡占市場を形成するTencentとその他の国々、という対立構図になっているのが現在のゲーム業界の趨勢なのです。
こうした激変はゲームだけではありません。映画も2010年に1500億と日本に届くか届かないのサイズだった中国が、2017年には1兆円弱で米国に並ぶ水準に躍進。世界の3割が北米、2割が中国という状態になります。アニメの制作分数も2009年時点で26万分と日本の2.5倍、世界一のアニメ制作市場となっています。2000年から製造業で大きくGDPを拡大してきた中国が、2010年代に入ってから短期間で主要なメディア・コンテンツ業界で多くの世界大手を抜き去り、世界一に鎮座する時代になったのです。
群雄割拠の中国市場
もちろん中国においても熾烈な競争があり、その変遷の中でTencentのような企業が生まれてきたにすぎません。そもそも1990年代、中国のゲーム市場は9割以上が海賊版でプレイされており、およそまともな市場規模として換算しがたい時代が続いていました。そこに楔を打ったのがPCオンラインゲームをネットカフェを通して売っていった盛大(Shanda)です。2005年までは中国ゲーム市場の半分近くを握る巨大企業でしたが、2003年からゲーム事業を立ち上げていたTencentの猛追を受けます。TencentはFacebookやLINEのようにコミュニケーションプラットフォームQQを通じてカジュアルゲームを提供するスマートフォン時代のGame Distributorであり、その成長の勢いは群を抜いています。ただShandaにみるように、すべての中国企業が成長しているわけではないのです。取り残され、維持するのに精一杯、という企業がたくさんあるうえでの市場成長なのです。
2018年、中国のゲーム市場は3兆円を超え、米国や日本をも超える世界最大のゲーム大国となりました。ただ何より脅威なのは、日本のように国内市場で稼ぎながら、同時に輸出市場もまた潤沢に伸びているという事実です。さすがにQQ×Tencentのように国内で成熟したプラットフォームがそのまま海外で展開できているわけではないですが、Tencentの“王者栄耀(15年1月リリース後、月平均200億円)”やNeteaseの“荒野行動(17年11月リリース後、月平均50億円)”のように香港・台湾・韓国といった東アジアや、東南アジアを席巻し、最終的には鎖国性の強い日本市場の中ですらトップタイトルとなってくる事例が現れてきています。日本はGungHo“パズル&ドラゴンズ(12年2月リリース)”、Mixi“モンスターストライク(13年9月リリース)”、Aniplex“Fate/Grand Order(15年7月リリース)”と月100億タイトルが生まれ、2010年代前半期は世界最大モバイルゲーム市場ではありましたが、そのほとんどが日本でしか売れないというジレンマと苦闘してきました(Fateは例外的に中国でもトップ級売上です)。それに比べ、アジア中心とはいえ海外でも売れ、かつ月商200億、年間5000億円といった売上をたたくようなタイトルがでてきた中国のモバイル市場は、もはや異次元の領域に入ってきた感が否めません。
21世紀の新・江戸時代
実際の数字もそうですが、我々はマインドを変えることに柔軟にならなければなりません。「最近すごいよね、中国。もう日本越えられちゃったよね」と最近うちの母親が言い出しました。いえいえ、中国が日本のGDPを超えたのは2010年、もう8年前の話。2018年の中国のGDPは1400兆円、当時から変動のない日本の500兆円と比べると、もはやトリプルスコアの差がついています。ちなみに米国は2010年時点で1500兆と日本の3倍でしたが、それでも緩く成長を続けた現在は2000兆円。図1の大手ゲーム会社の売上推移ととても似ていませんか?人の認識が一般的に変わる速度というのはそのくらい事実からは遅れて進むものなのです。
日本は1990年代からもはや約30年間。変わらない物価、変わらない収入に慣れ過ぎました。世界中で経済成長の鈍化は見られるものの(良いことでもありますが!)、一世代入れ替わるなかでこれだけ経済全体が変わらない国・時代というのも珍しいです。まるで享保以降の江戸時代、3000万人で安定した経済を紡いでいた150年間の再現のように私には思えます。私は成長論者ではありません。人口や地政学的なポジショニングにより、成長は環境要因にとらわれるものであり、個々人の選択としてはそのなかで自分にしかないケイパビリティをどうやって獲得するかという選択肢の一つでしかありません。
日本が負けている、中国と米国が二巨頭化しているといった話は、国家・地域市場観にフォーカスした結果の一面的な見方に過ぎません。21世紀最大の成長市場、中国が生まれたことは、その近隣にポジションしている日本にとっては、米国市場のオルタナティブがもう一つ、より大きなサイズで創出されたわけですし、これはチャンスでしかありません。これはコンテンツ業界に限らない話ですが、今後も米中が絶妙な関係性のなかで押し引きする政治経済が数十年は続きます。そうした中で、そのハザマにある日本の重要性というのは米国にとってはもとより、中国にとってもさらに増してくることでしょう。その環境に、日本の特殊性を生かしながらどういうポジションを両国に対してとっていくか、というのは次の我々に与えられたとてもExcitingな役割だなというのを、このコンテンツ業界においても日々強く感じています。
中山 淳雄
ブシロードインターナショナル社長。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで新規事業会社設立後、現在シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了、早稲田大学MBA非常勤講師。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。