YouTuberの成長からみるゲームアプリ乱獲時代の終焉|世界でエンタメ三昧【第63回】
すでに芸能事務所を越えたYouTuber事務所
この1年はバーチャルアイドルVtuberが世間を賑やかす年となりました。これはYouTuberとなってパフォーマンスで視聴者を集めるように、3Dのバーチャルなキャラクターが行うものです。元祖Vtuber「キズナアイ」(2016年12月〜)にはじまり、2017年に「ミライアカリ」「輝夜月」など後続キャラが次々と生まれ、2018年半ばの段階でなんと日本には8000人以上のVtuberが存在しています。全Vtuberチャンネル登録者で1270万人、2019年末の現在ではそこからまた大きく増えていることでしょう。
Vtuber事業に殺到する理由はよくわかります。それはYouTuberが4年前の2013年ごろからブームになり、その収益確度がなんとなく見えてきているからです。
YouTuberのマネジメント事務所最大手のUUUMが2017年に上場し、目をみはる成長を続けています。売上33億(16年度)、70億円(17年度)、117億(18年度)、197億(19年度)ときて、来年度は260億円の成長を見込んでいます(時価総額も1000億円規模!)。この時点で、芸能事務所でいうホリプロや音楽レーベルでいうキングレコードと同じ事業サイズにまで成長していることを考えると、Vtuberもまたそうしたポテンシャルを秘めていると思われるでしょう。
1回視聴で0.3円稼ぐYouTuberたち
UUUMは、直近の決算で四半期115億回再生。これはざっくり年間400億回再生、月30億回再生、毎日1億回再生といった視聴規模になっています。TVや芸能事務所との違いは、タレントそのものが番組となる1対多の配信であり、映像は個人が編集できる範囲で限定的な作業であり、かつ動画の置き場としては無限のため量産が可能なところです。AvexやAKB48などの法人系サイトに対して、2015年ごろから個人YouTuberのサイトのほうが登録者が積み上がる傾向は、作り込んだクオリティの高い動画よりも臨場感やスピードを重視するYouTubeならではの特性といえます。ブランド・資産ベースの企業よりも、コンセプトと機動性で進められる個人のほうが集客効率の高いプラットフォームなのです。
UUUMは「はじめしゃちょー」「HikakinTV」などの登録者800万人の最高峰クラスに続き、登録者100万人クラスの他タレント40名近く囲い込み、トップYouTuber100のうち3割はUUUM所属といった寡占度です。
それではこの毎日1億回再生がどのくらいの収益を生むのでしょうか。YouTubeから入る1回再生あたりの広告費は徐々に伸びてきており、17年Q4で0.2円、18年Q4で0.24円、19年Q4で0.31円(https://ytranking.net/blog/archives/14914)。
第46回の広告特集でも言及しましたが、モバイル広告における視聴効果は徐々に上がっており、米国の2016年で1回再生が0.2~0.4円だったことからも、相場なりの金額といえるでしょう。毎日1億再生で3000万、月30億回で10億円、年100億円超というのがUUUMのYouTubeから得る広告収入です。
年間400億円のYouTube経済圏は、いまだTVの1/100
UUUMの数字は日本の全YouTube利用者のうち、どのくらいのシェアなのでしょうか。日本全国では毎日3000〜3500万人がYouTubeを平均7分で10〜12回再生(つまり毎日全体で4億回再生=400億円市場)しており、それぞれが約1時間強視聴しています。総務省統計でTVが平日約2.5時間となっており(年代ごとに大きくばらつきはありますが)、TVの総視聴面積にYouTubeが近づいてきていることがわかります。1日1億回再生のUUUMは日本YouTube視聴の1/4を占める規模、といえます。
この年間400億円のYouTube広告市場をめぐって視聴の獲得競争にVtuberも含めて算入してきたのがこの数年というところでしょう(ちなみにVtuber広告市場は月1億回再生なので、YouTuberの1/120で年3〜4億円)。ただこの市場規模は本当に大きいのでしょうか?またどのくらい成長可能性があるのでしょうか?実は純粋なアドセンス広告市場でいうと、ある程度限界が見えているなとも思います。過去4年間のYouTubeアプリ利用を調べると(Appannie)、1日合計1時間という「使用量」はほとんど変わりません。むしろ利用者が1.8千万⇒2.2千万⇒2.5千万⇒3千万と「使用者数」が増えることで市場が拡大してきたことを考えると、ここから2倍にはなりにくいですし、また使用量を大きく変えることも難しそうです。
TV時代の視聴価値は1時間あたり3ドルといわれてきました。1時間のうちにみせる6〜7分程度のCMで、3ドル程度の購買行動が生まれる可能性がある、と。YouTubeが1日10回約1時間の再生で3円の広告価値しか生み出していない現状で考えると、いまだTVの100分の1の視聴付加価値にとどまる、ということにもなります。そのうえ、YouTubeというプラットフォームに限れば、あらかたユーザーは固定されており、現ユーザーが年齢を経ながら10年20年という時間をかけて、広告価値があげる成熟プロセスに確実に近づいており、あとはそれ以外の視聴型広告プラットフォームの発展にかかっているとも言えます。市場規模でいうとこの図1のようになります。
視聴あたりの市場価値を上げる
これから注目すべきは、広告収入という見た目の金額よりも、豊富なYouTube視聴量をもって、タレントバリューをあげて、収益化できる派生市場をいかに形成できるかというポイントなのかもしれません。TVメディアで知名度を得たタレントをマネジメントし、TVCM・ドラマ撮影などの出演収入、ステージなどの公演収入、音楽CDや商品化などの収入などで100〜200億円クラスに成長していた1970〜80年代の芸能事務所と同じように、広告以外の収益源をさがしはじめる必要性に迫られています。UUUMの売上の収益源は確かに5割強がYouTube広告費ですが、ほかに3割が企業タイアップ広告費、1割強がグッズ・イベント・音楽というものがあります。こうした「派生市場」も含めれば、1回再生が0.7円、このすそ野を広げられるかが視聴あたりの付加価値を上げる作業になっていくことでしょう。
2018年9月リリースの「青鬼オンライン」はよい事例です。これはUUUM自身が配信事業者となっているアプリ配信であり、各YouTuberが展開する番組のネタにもなりながら(視聴数を上げてブランドバリューをあげる)、実際にアプリ配信・ゲーム内課金としての収益にもなっている。最近は小学生の私の娘も、毎日ほとんどこの話しかしない有様です…アプリ月間のアクティブユーザーは50万人を1年以上維持しており、まだ収益レベルはそれほど高くありませんが、こうした視聴をゲームプレイやECにかえていくことでYouTube広告だけに依拠しない市場を形成していけるかがポイントとなるでしょう。
ゲームアプリの終わり。
継続視聴のコンテンツ競争時代
日本におけるアプリ使用者1億人のうち、LINE、Appstore、Safari、YouTubeといった6〜7千万が使う「インフラアプリ」、Facebook、スマートニュース、AbemaTV、Tiktok、Paypayといったサービスが2000万人が使用している「デフォルトアプリ」に対して、ゲームでいうとマリオカートやモンスト、ツムツム、ドラクエウォーク(1000万人級)、マンガでいうとマンガワン、少年ジャンプ+(500万人)、動画配信でいうとNetflix、スポナビ、FOD(500万人)といった「嗜好性アプリ」が分散的に生存する時代になってきました。
ゲーム一強時代は終わりにさしかかっています。嗜好性アプリの多様化とともに、徐々に課金性の高さよりも、そのユーザーのエンゲージ率・継続率の高さが求められる時代に入ってきたのではと最近肌で感じます。私は2010年ごろからモバイルとアプリ市場を定点観測してきましたが、2013〜17年がゲームアプリ全盛期でその時代に嗜好性アプリとしてはゲームが頂点にありましたが、2018年ごろから動画視聴や「デフォルトアプリ」に類する機能性アプリがユーザーの可処分時間を徐々に獲得してくるようになりました。それまではブラックホールのように広告費をじゃんじゃんかけて、どんどんダウンロードを稼いできたモバイルアプリメーカーも気づき始めたのです。これって、無駄じゃないか…?と。
ダウンロードした9割が離脱しながら、残る1割のユーザーから課金ユーザーに育ってもらって…といったこれまでの乱獲時代が、他のエンタメとの競争のなかでソロバンがあわなくなってきています。これまでは課金性の弱さが指摘された動画配信やマンガアプリのほうが、ゲームアプリよりも安定してトップ売上ランキングに掲載されるようになってきています。そうしたなかで「視聴あたりの付加価値」と前述したように、最終的にはユーザーがどのくらい定期的に視聴して、そこから広告価値・課金価値・購買価値・コミュニティ価値につなげることができるのか。コンテンツメーカーとしてはそうしたポイントにコミットしていく必要があるでしょう。
2010年代も残るところ、あと2か月。TORJAもついに第100回!本当におめでとうございます。この時代に10年近くこうした媒体を続けること自体のブランドバリューは、まさに「視聴あたりの付加価値」を保証するものになるでしょう。この「世界でエンタメ三昧」も第63回になります。ぜひ今後ともエンタメ業界についての放談を続けさせてもらえればと思います。
中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP,2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com