コロナで崩壊する「都市」の概念|世界でエンタメ三昧【第70回】
30年前に引き戻された観光業
2019年に約9千億円を誇った音楽やスポーツなどのライブコンテンツ市場は、2月からコロナ影響を受け5月末までほとんど公演が出来ませんでした。その被害総額は3300億円と言われ、観客の戻り幅の遅さも考えると、2020年の市場はおよそ半減の5千億円程度になるのではないかと言われています。ただそれでも「日本人」を相手にするサービスはまだましなほうで、ここ5年程政府をあげて積極的に行われたインバウンド=外国人観光客を当てにした産業はもはや壊滅的ともいえる影響を受けています。
2010年代がいかに「開国の10年」だったかが顕著なグラフが図1です。日本人が海外にいくことは80年代後半のプラザ合意後、すなわち「円が高くてドルが安くなった」タイミングで急激に増えました。1985年の約5百万人から95年は約1.5千万と10年で3倍海外に行くようになりました。対して日本に訪れる外国人旅行客も徐々に増えたのですが、その規模が爆発するのはつい最近。2010年8百万人、15年2千万、19年3千万と、まさにこの10年で4倍規模まで急拡大していたのです。
ところが、です。オリンピックで華々しいインバウンド消費経済圏が生まれるはずだったはずが、1月の260万人から3月は20万人(30年前水準)、4月は3千人(過去50年で最小)にまで縮みます。この9割減、99%減という市場消失に真向かいに直面しているのが航空産業、観光産業です。まるでこの数十年推進してきた「グローバル化」がうたかたの夢のようです。
観光客はなぜ大事なのか。経済とはつまるところ「投資か消費」で成長します。それに対して「貯蓄」が増えすぎると停滞してしまう。全員がより高い利潤や利益をもとめて投資・消費とお金が循環している状態を作れると経済は成長するが、どちらにも希望をもてずに個人の裕福の最適化を志向すると経済はしぼむ。日本はここ15年人口下り坂、所得と名目GDPも25年停滞してきました。約2千兆円という年間GDPの4倍に及ぶ貯蓄率の高さは、先行き不安への現れ・消費性向の低い高齢者社会の当然の結果でもあります。
こうした停滞した経済でも、実質GDPが成長するのを支えてきたのは「外国人消費」か「日本人・外国人の投資」なのです。日本人が消費しない以上は外国人に頼らなければならない。これまたざっくりとした議論ですが、日本に在住している消費者が100万/人を年間にサービス支出すると想定すると、旅行客は数日の滞在ですが平均15万/人と言われます。1億人が100万消費する100兆円のサービス経済がもう20年以上膠着状態にあるのに対して、ここ20年で純増した3千万人が生み出す5兆円弱の観光客経済圏はかなり稀少な「成長産業」でありました。(ちなみに対日直接投資もここ20年で25兆円増えています)。
つまり観光客は在住者の1/7の消費額を支出してくれ、日本のサービス産業においては欠かせない存在なのです。移民もまた同様でしょう。「失われた20年」を支えたのが海外からの投資、海外からの観光客であったことは明確で、2020年以降このトレンドがどう反転していくかはエンタメ産業全体の課題でもあります。
人を吸い込む消費ブラックホール、「都市」の終焉
図2で米国・日本・中国の国民に対する移民比率、年間観光客比率を比較してみました。思えば18世紀から欧州移民を受け入れ、アフリカ移民を受け入れ、20世後半になるとメキシコやアジアから受け入れ、ここ100年以上常に人口の1割が移民であった米国は本当に特殊な国です(移民比率8割のドバイ、5割のシンガポール、4割のバンクーバーなどはあくまで新興都市としての比率で、内需が巨大な国としての米国全体の1割という状態は欧州を抜きにするとかなり異質な国家)。「民族」という概念でひとくくりするにはあまりに多様で、どちらかというと国・言語・民族を超えて「自由・民主主義・オープンというイデオロギーに集う人々のハコ」という感じがします。
実は「観光客の受入」でいえば、日本も2017年時点ではほぼ米国と同じ比率にまで急増しています。3億人の米国で7〜8千万人の観光客、1億人の日本で3千万人の観光客。移民と観光客の増加は1970年から50年かけて世界的に進行していたトレンドであり、日本のインバウンド戦略はそのなかでも2010年代から特異なほどに急成長した成功事例だったとも言えるでしょう。対する中国は観光客こそ6千万人と増加しましたがそれでも14億人の総人口の4%程度、移民に関しては日本の半分の100万人と0.1%にも満たさない状況です。中国は自国内の成長と世界の工場としての輸出産業で十分に成長できる状態にあり、こうした人の行き来を増やすことに対する経済の依存度はそれほど高くありません。
GDPでも産業でも中国は2000年から顕著に成長し、2010年には日本を抜き、2020年には米国に比する規模となり、2030年以降は米国と逆転することが容易に想像されます。コロナの世界的な激変はこのトレンドをより短期間で実現するものとなるでしょう。懸念は第一次世界大戦後のように各国がブロック経済化し、米州/英連邦/仏連邦/ソ連共産と中規模商圏のみの最適化にはしり、結果はじき出された日本やドイツが資源確保に戦争突入せざるをえない状況に至る、といった100年前の歴史です。米中の新しい冷戦・貿易戦争に対して、各国が固唾をのんでスタンスを決めるということはここから10年以上続くテーマとなるでしょう。
もはや都市はバラ色ではなくなりました。「都市」に住む人間の割合は1800年3%、1900年14%、2000年50%、2018年には遂に57%に至りました。本来都市は危険でリスクがある場所です。食料の供給インフラがないなかで職にもあぶれる危険性あり、伝染病もあっという間に進行する。19世紀前半のロンドンがいかに危険だったかを思えば、都市集住というのは本来的には個人の幸福度とは反比例するものでした。それが20世紀に安全・安心な都市生活が実現したものの、その本来的なリスクにさらされたのが2011年の東日本大震災や今回のコロナだったのかと思います。人がより魅力的な都市に集まり集住する、という傾向そのものが、この100年に急激に進行したコンセプトであり、ここから100年で緩やかに反転していくのではないかとも予想されます。
エンタメとしての観光・IR産業
では人を集積させて商圏を作り出すライブコンテンツは今後どうなるのか。10兆円のコンテンツ産業、11兆円の観光産業、4兆円のスポーツ産業、20兆円のパチンコ産業、8兆円のゲーム・ギャンブル産業、特にインバウンドの焦眉の急であるオリンピックとその後の大阪万博に向けて、「IR」というカジノ誘致は少ないエンタメ業界の未来のためには必要な希望な光でもありました。
IRはカジノだけではありません。ホテル・観光・国際会議・芸術・ライブコンテンツ・飲食すべて含めた総合エンターテインメント的な都市づくりであり、シンガポールを成功事例として現在誘致に向けた動きが加速していますが、今コロナというディープインパクトによってそのコンセプト自体が揺らぎの時期にきているとも言えます。次回はライブコンテンツと紐づけた日本のIR産業についてみていきたいと思います。
中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に“The Third Wave of Japanese Games”(PHP、2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。新作『オタク経済圏創世記』(日経BP、2019)も発売中!仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com