2020-デジタル狩猟時代からデジタル農耕時代へ|世界でエンタメ三昧【第65回】
巨艦登場による鎮静化と、ブランドへの復古
2020年エンタメ業界はどうなるか!?
2020年のエンタメ業界はどうなるか。一言でいうと「巨艦登場による鎮静化と、ブランドへの復古」です。
加熱した競争の鎮静化と巨大資本化
2019年は各業界で様々ありました。モバイルゲーム業界で申しますと、昨年1年間は「MMOシューティング×中国化」の一年となりました。Kives Out(荒野行動)から始まったこのブームはFortnite、PUBG mobileなど年間500億円以上もの収益を出すメガヒット量産ジャンルとなる反面、各社からリリースされるタイトルは大型化、低頻度化。そうした中で、10億円を超えるような開発費で制作された中国の大型タイトルが、日本を中心に海外で存在感を強め、日本アプリ市場の2割を超える勢いに。来年は3割を超えるだろうといわれています。そうした中でモバイルゲームのパブリッシュは新興系の鎮静化とともに結局任天堂やバンダイナムコといった伝統大手へと集約される形になっています。
ゲームは次第にVOD(動画視聴)やマンガといったコンテンツに置き換えられ始めています。VODの代表コンテンツともいえるアニメ業界にとっても、2019年は2005〜2006年ごろのピーク終焉に等しい、大きな業界転換点を経ました。最大の購買力をもつ中国における外国産アニメの総量規制によって、各OTT同士でのライセンス獲得のBitting Warに水が差されました。理由こそ違えど、北米でもAT&T陣営のCrunchyrollとソニー陣営のFunimationでも全映像コンテンツを統合するVOD総合大手の観点からアニメ獲得の競争が沈静化していく動きが顕著です。映像全体でいうとサイバーエージェントや楽天のような次のハブメディアを目指すテック系の会社も、赤字覚悟でユーザー獲得を最短化するフェーズからある程度既存のユーザーを守るような方向にシフトしはじめるタイミングにきています。
音楽ライブ事業もまた市場規模に天井が見え始めました。ここ5年はCDに代わる事業基軸として各社をひっぱってきましたが、エイベックスといった企業の全体景況をみると2019年を境に一幅もしくは反転をしているのが見えてきます。タレントの稼働もそうですが、なによりハコ(会場)の制約があり、特に2020年はオリンピックで一定期間市場が強制的に使えない状態ができることで、各社この事業の収益は落とさざるをえない状況でしょう。
2010年代に目覚ましい成長を見せたアプリゲームも2015年ごろから事実上は頭打ち。スマホが行き渡り、モバイルコンテンツへの消費も一定水準に達したあとは、海外資本からのコンテンツ調達などによってギリギリ1人当たりの消費単価を上げることで市場規模をあげる状況でした。動画視聴こそ2015年以降に大きく花開いた業界でしたが、それもまた、札束で叩き合うような熾烈なコンテンツ獲得競争は資本のロジックにより鎮静化。北米においてはDisney+を中心にまだここ2、3年は激変が予想されますが、それにしても「巨艦が登場し、全体が沈静化していく傾向」という大きなトレンドのなかにあると言えるでしょう。
この動きはゲームや動画にも影響がありますが、最終的にはスポーツにも影響することでしょう。倒すべき旧勢力(北米はESPN、FOX、HBO。日本ではTBS、日テレ、フジなど)に対して、新興勢力(北米はネットフリックス、Hulu、アマゾン、日本ではアメーバ、dTVなど)が協調的関係になることで、一定水準までコンテンツで引っ張り上げたメディア間の競争が、合従連衡のようにメディア側が優勢な状況になってくる。すると日本アニメと同様に、4大スポーツを引き上げてきた北米でも、20年にわたる投資資本の巨大化に限界がみえてくることが予想できます。
乱獲から農耕へ、デジタルユーザーを育てる時代へ
2020年、こうした転換点を経てどんな年になるでしょうか。第63回でもそれを示唆しましたが、「デジタル狩猟時代からデジタル農耕時代へ」という動きではないかと思われます。デジタルの世界は2000年代からEC・ポータルからSNS、コミュニケーションそしてゲーム、動画配信へと20年の時をへて「いかに最速で良質コンテンツを使ってメディアサイズを爆上げし、総取りして安定した状態を作るか」というまさに「乱獲」の時代にありました。そこでは視聴者も消費者も補足できない大量の魚群のようにアミでとらえ、大きなロスをしながら獲得していく、デジタルにおける大量生産・大量消費の時代でした。
その代表例はアプリゲームでしょう。5千万人のアプリ利用者のうち課金者1千万人、そのうち月1万円以上を使う300万人が市場の大半を支える。そんな歪な構造のため、見えない300万人のために1億人が大量の広告出稿の海にスシズメにされ、全体の50%しか入らず、数週間すると全体の10%しか残らないような無駄の多い、メディアーコンテンツーユーザー関係が出来上がってきました。
2020年以降はデジタル農耕時代です。市場はユーザー属性をトラッキングする手段を得て、ブランドによって形成されたコミュニティベースを、丁寧に耕していくような農耕時代に入るのです。長期的なメディア―コンテンツ―ユーザーの関係性を築くために、ビッグデータ分析の技術は「21世紀の石油」と言われるように企業のコアを形成するものとなり、タレントやIPのようなわかりやすいアイコン=人が集いやすい象徴、の価値があがっていきます。
これからは「時間>(大なり)情報」です。消費のために時間を費やしてくれること、そのものが生産者にとっては消費者からの恩恵にも等しい。お金をかけずとも消費をするという行動自体が、生産価値を保全し、その後の経済価値を事後的に生み出していく。このあたりが先月出版した『オタク経済圏創世記』で最も描きたかったことでもあります。
ブランドは再び蘇る、不死鳥のごとく
ある意味正しい動きだなあと言えるのは「手間をかけて作り、手間をかけて味わうものは、デジタル化と逆行するように市場を形成する」ということ。もはや映画やコンソールゲーム、マンガは高級商材と化しています。雑誌・新聞でも特集記事は十分に価値を持ち続けるでしょう。ユーチューブ・Tiktok動画やインスタグラム写真、ツイッターニュースを大量生産・大量消費する日々にとって、数十~数百億円という制作投資がされた映画をみっちり味わう2時間や、全巻読破に10時間もかかるような人気マンガの消費は、とても贅沢なものになるでしょう。
こうした贅沢なコンテンツの生産サイクルはすぐにはキャッチアップできるものではありません。例えばこれだけゲーム、映像、ECで世界を席捲する中国も、たとえばタレント育成という意味では大きく後塵を拝しています。なぜなら文化大革命などで一度大衆芸能の世界がリセットされている中国で芸能界ができあがったのは1980年代に入ってからの話。いまだに海外輸出されるドラマ・映像のタレント業界で日本や韓国のステータスが高いのは、この長い時間をかけたタレント育成サイクルの歴史そのものの価値です。
それは経営論ひとつとってもそうです。2010年前後は中国がLook Westで日本の企業経営から離れていった時代でした。GDPではもはや超えた日本に学ぶものはないと飛び越えられたはずの日本が、いま経営論を吸収する「学問」の軸で再度注目が集まり始めています。その代表格が稲森和夫の経営論で、いま中国における人気は相当なものです。それは2010年代を通して膨れ上がった中国企業巨体を、マネジメントとしてはうまくオーガナイズできていない各組織の課題に対して、20世紀の日本組織論に解決の糸口が見られるからでしょう。
2020年は地政学としても中・米の貿易戦争のはざまで日本という「ブランド」に再び注目が集まるはずです。東京オリンピックという一つのイベントを契機に、日本の本質的価値を定義づけ(中山の場合はマンガ・アニメ・ゲームが広げるオタク文化、ということになりますが)、ブロック経済化するトレンドに逆行して新規市場を開ける糸口を、それぞれが見つけ出せる1年になれば…と思います。皆さま、2020年もよろしくお願い致します。
中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に“The Third Wave of Japanese Games”(PHP、2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。新作『オタク経済圏創世記』(日経BP、2019)も発売中!仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com