グルメの王様のおしゃれ美食道 第22回「友好都市の素晴らしい卵」

かなり前のことになりますが、トロントの食品会社の代表と親しく話をする機会がありました。日本人であるその方がこう言いました。「もし買った飲料水にカビが浮いていたらどうしますか?日本なら一大事ですね。でもこの国の人は『カビ?そんなのスプーンですくって出せばいいじゃないですか』そういう国なんですよ。」正直な気持ちとしてかなりショックでしたね。その後東京宅とカナダ宅を行き来する生活を続け更にショックだったのは、その方の言うとおり!と納得した時です。トロント、カナダの食事が美味しくないと言われるのは、料理人の技量の低さと食材の粗末さに加え、料理を味わう人々の食に対する拘りの無さのせいだと思っています。どんな銘柄でも同じ、安ければ味などどうでも良い、そういうお客を相手にする料理人の皆さんもさぞ張り合いが無いだろうとよく考えます。

今回東京に戻った際、トロントの友好都市である神奈川県相模原市に最高の卵があると知り、ある日その名も井上養鶏場を
お訪ねし、経営者である二代目の井上茂樹さんとお話しました。カウンタックの大ファンというだけに、とてもセンスの良い商品作りを心がけていて、感心させられます。

相模原市緑区にある広大な土地で始めに案内されたのが、言うまでも無く鶏小屋でした。まず大変綺麗な小屋と鶏、と思いました。雌より雄の方が知的で逃げると雄は中々捕まらない。初めて聞きました。それにしても清潔な鶏小屋で、気のせいか鶏達もエリートというかとてもお行儀が良かったですね。鶏は暗い所でしか卵を産まないので、中に卵を産む為の中が暗い箱が用意されていましたが、正真正銘の産みたての卵に遭遇し、感激しました。この鶏はまずひよこの段階で仕入れるそうですが、それは全く人間と同じで子供の頃からの躾けが大切だからだそうで、これにも感心しました。そして次に連れて行って下さったのが、ひよこから四ヶ月ほど経ったそれはそれは可愛い小鶏達が住む小屋です。こちらも掃除が行き届いた綺麗な小屋でした。井上社長の鶏に対する愛情が、日本一といわれる卵「さがみっこ」の根底にあることは容易に想像できます。

ですから井上ファームの卵は一般の食料品店ではお目にかかれません。目が届く所に置きたい、まるで子供を大切にする親の気持ちです。料理好きな方やラーメン作りが好きな方々から好評の半熟卵を割ってそのまま料理の上に置ける、アイデアトッピング商品も井上社長ならではの逸品です。お見事ですね。

そしてその最高級卵を使ったケーキ店があると知らされ無理を言って連れて行って頂きました。相模原市は洋菓子作りが盛んな隠れたケーキグルメシティーでもあるのですが、最高のケーキを作るには最高の食材を、という拘りを持った相模原の新しいケーキ店の名前は、アンプシュニール。数ある一流のケーキの中、とりわけあの「さがみっこ」を使用したプリンは、さすがに他にはない濃厚な味です。誰よりも卵に愛情を注ぎ最高級の商品を作り上げる井上ファーム、そしてその素晴らしい卵を使ったケーキ。あの可愛い小鶏達が笑顔でアリガトウと言っている様な気がしました。このような卵は間違ってもトロントでは食べられません。また万が一あったとしても・・・その価値が分かる人が一体何人いるでしょうか?拘りこそが食文化向上の第一歩です。
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。






