グルメの王様のおしゃれ美食道 第28回「天麩羅の魅力」






天麩羅は世界に誇る日本料理の一つです。トロントにおける日本料理の総称は、残念ながら「ないものねだり」でしょう。天麩羅は言うまでもなく、家庭料理としても食べられるのですが、ここで取り上げる天麩羅は歴史ある名品ばかりです。当地の天麩羅に親しみをもった人達に、是非発祥の地である日本の天麩羅をご紹介したいと思いました。天麩羅の歴史は諸説あるものの、現在の形態を成したのはやはり江戸時代の屋台ではないでしょうか?代表的な日本料理が屋台で食べられた?と疑問に感じる方も多いかも知れません。志賀直哉の名作「小僧の神様」にも近代屋台でのお寿司が登場します。つまりお寿司も天麩羅もすぐ食べられる「活きの良さ」が信条だったということですね。そして単に油で揚げるのではなく、タネを衣で覆い蒸した状態で加熱するという調理法を昔聞いた様なきがしますが、流石に奥の深さを感じます。
私の天麩羅歴の始まりは、実は定食ではなく、天丼でした。もう57年も前になります。頻繁に親に連れて行って貰ったのが、浅草雷門の「大黒家」でした。浅草は東京の名所で、近年は日本を訪れる外国人にとても人気の高い観光地となりました。いつも混雑していて英語や中国語が飛び交っています。天丼はやはり庶民の食べ物だと思います。お座敷天麩羅などに比べると、気取ることもなく、無礼講で食べられるのがいいですね。大黒家の天丼、特にどんぶりからはみ出した、色の黒い海老天丼が印象に残っています。このはみ出しは一流天丼の真髄です。蓋がしっかり閉まっている天丼はあまり感心しませんね。
さて、そのすぐ後で、いわゆる本格的な天麩羅を食べるようになったのですが、所は大好きな街銀座でした。今でも銀座には一流店が数多くありますが、私の初体験は「ハゲ天」でした。子供の頃随分変わった名前だなと不思議に思ったことを覚えています。何でも店主の容姿から付けられたようですが、当時は、天麩羅と言えば「ハゲ天」でしたね。
このお店で感心したのは、天麩羅のワゴンサービスでした。先程も申したとおり天麩羅は揚げたてが一番という理由からカウンター席が喜ばれる訳ですが、こちらはボックス席でも目の前で揚げて貰える素晴らしいアイデアでした。・・・しかし、近年消防法の観点から中止となり寂しい限りです。ニューヨークの韓国焼肉店に入った時、炭火は有害との州の条例で、炭火を使う日が限られてしまい、マネージャーが「韓国焼肉は炭火で焼いてこその料理なのに」と悲しい表情を浮かべていたのを思い出します。大分前トロントの媒体にあるお店の天麩羅が絶品、との記事が載っていて、どこで修行した人か教えて欲しいとの問い合わせから仲良くなった経緯があるのですが、はっきりした回答は得られなかったものの、私が咄嗟に期待した答えはこうです。「山の上ホテルの天麩羅店で長年腕を奮ったAさん。ある時カナダに旅行した際この地の魅力に取り付かれ、引退後は是非ここで日本の天麩羅を広めたい、との志で開店しました。」お茶の水にある文化人のホテルこと山の上ホテルの社長令嬢は我が母校で隣の隣のクラスの有名な美人でした。当たり前ですが、名店は名料理人を輩出する例えどおり、銀座の高級店「近藤」の店主も山の上出身です。
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。





