第96回「受験と目標設定」|カナダ・トロントにある幼稚園の園長先生コラム。気付けば息子も大きくなりました…
先日、12年生(カナダのグレード12)の子供さんを持つお母さんと日本とカナダの受験の違いについて話す機会がありました。大学受験だと言うのに、勉強してるんだかしていないんだか分からない!と溜め息をつくお母さん。分かります〜!うちもそうでした。息子が12年生の頃、気が気でなくて「勉強しなくていいの?」と顔をあわせる都度ついつい聞いてしまっていたのを思い出します。日本の友人の子供が受験生の場合、いかに家族が巻き込まれてしまうのか、またその大変さをSNSなどで見ていましたので、つい比べてしまっていたのです。
日本では、受験は希望学校への受験日の1日で大きく左右されてしまいますから、〝受験戦争〟の名の通り、その日に備えて受験生のいる家庭内はまるで戦争のような日々を送ります。受験生は遊ぶことも趣味も家族旅行もお預けで、学校の後は塾通いや家庭教師。家の手伝いなどは二の次で、家族も子供に面倒な事を頼むことはしません。恋愛にうつつを抜かしている場合でもありません。健康に気を使い、本人はもちろん、家族も風邪を引かぬよう万全な対策に気を付けます。勉強・勉強で息詰まる思いをしている受験生のやる気を損ねないようにと、まるで腫れ物に触るような思いだと表現していた友人もいました。たった1日の受験日に賭けて、たまたまその日に調子が悪かったり、天候で交通の便が悪かったり、何らかの理由でその一日がうまくいかなければ、また一年やり直しです。大学や高校受験どころか、中学受験・小学校受験もあるのが日本です。日本だけでなく、韓国や中国も同じですよね。
そもそも、受験の意義って一体何なのでしょうか?受験についてインターネットで見てみると、まぁ出てくるわ出てくるわ…。受験は親子の二人三脚らしいです。受験生にとっては夏休みが勝負。中学受験でも「まずは夏休みに塾へちゃんと通い、塾と学校から出される宿題をこなすことが大切です」とあります。そう言えば息子が子供だった頃、夏休みに全く宿題のないカナダのシステムが非常に不安でした。2ヶ月もの間全く勉強もしないで、勉強してきたことを、いや勉強方法すらも忘れてしまうのではないか…と。日本語学校の夏休みの宿題がそんな私へのせめてもの救いで、勉強している、という安心感を与えてくれていたものですが、今から思えば、そんなに焦らなくても良かったなぁ、とつくづく感じます。そして、受験戦争に巻き込まれることなく、カナダで子育てできたことに何よりも感謝しています。
カナダは受験日がない代わりに普段の高校生活の自分の成績そのものが行きたい大学に入れるかどうかに大きく影響してくるわけですから、日々の努力が全て反映されます。日本でいうと内申書重視、といったところでしょうか。普段の勉強だけでなく、生活態度や子供の個性も大事になってきます。リーダーシップを取れたり、スポーツや音楽、アートなど何かに長けている部分はそれらもきちんと記されますし、ボランティア活動なども重要視されますから、そういったものに対しても子供たちは積極的に取り組みます。
私の中の欧米の教育は「偏差値などにとらわれず、のびのびと、個性を尊重して、得意分野をどんどん伸ばしていってあげる」というイメージがあります。
カナダの高校では、大きな試験週間は大体一週間半くらいの期間に全部で6教科程度。一日1教科から2教科で間に休みが入ることもありますから、好きな教科も苦手な教科もゆっくり勉強できます。日本のようにアルバイト禁止の学校もありませんから、アルバイトをしたりして社会性を身につけることも出来ます。
以前TVで見たのですが、教育先進国は将来の夢を聞く時、自分がどう在りたいかという〝在り方〟を聞くそうです。もちろん、なりたい職業などの目標も同時に聞くのですが、その上でどんな人間でありたいか、を併せて『目標設定』と呼ばれるのだそうです。
日本人はどうなりたいかという目標を持ったり、職業などの夢を答えられる人は多いのですが、「どう在りたいか?」との問いに対して日本人の中高生に聞いたところ、答えられたのはわずか0.3%だったそうです。フィンランドなどでは60〜80%の回答率で「人間としてこう在りたい」例えば、前向きに明るく生きたい、とか思いやりを持って接することが出来るように、という目標を掲げることが出来る生徒が多いのだそうです。
人間形成に重要な要素として考えられているものは、遺伝、環境、教育の3つと言われていますが、つまり、教育方法を間違えると人間形成にも影響するという訳です。受験により、良い学校に入り、良い職業を目指したところで全く『目標設定』が定まっていない子供より、自分の夢と目標を「自分はどう在りたいか」を、多くの子供たちがはっきり言えるようになって欲しいと切に願います。
池端友佳理
京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立、園長を勤める。