中学、高校のチャレンジ|頑張りましょうその日まで|時代をこえたチャレンジ:子供の言語教育石原牧子ー
中学・高校は私が車でダウンタウンの会社に行く途中にある私立の女子校にいれた。ちょっとスパルタンな学校だったが、幅広い環境を与えるのが特徴で選んだ。校長先生をはじめ、いい教師陣に恵まれ、娘も指導者を尊敬していたようだ。教師と生徒のつながりがしっかりしていて一人一人をよく見てくれていたように思う。学ぶ事の厳しさや必要性はこの時期に身につけたように思う。創造性も大いに育まれ、アートの時間で大胆に大型のキャンバスに描いた果物の絵はいまも家に飾ってある。
さて日本語はどうなったのか。学校では宿題やプロジェクトが多く小学生の時のようにたっぷり日本語の勉強に時間をかけるのが難しくなってきた。それに日本語で話せる友達は周囲に誰もいなかった。残念だが親としてやはり現地校で課された勉強が優先なので日本語は後回しになってしまった。やったことといえば、日本にいる祖父母に手紙を書かせたり、電話で話をさせたり、日記は続けてもらった。1行だけの日も出てきた。しかし家庭内で私との会話は全て日本語、パパとは英語に徹した。夫婦の会話が英語であっても。学校の様子や友達のこともよくしゃべってくれた。知らない言葉はその都度私が教えながら。日本語の物語の本も与え、時間をかけて読ませ、読書感想文なども時々書いてもらったが強要はしなかった。でも彼女の本に対する興味は言語に関わらず人一倍強くなっていた。
同時に私が仕事で忙しかったためその分娘に色々な機会を与えようと好きな習い事をやらせた。時には水泳、時にはバレー、ジム、などの運動系だ。ピアノも家にあったのでやらせたが長続きはしなかった。でも楽譜は読めるようになっていたので学校の合唱団に入っていた。フランス語の歌も学校では歌っていたようだ。成長とともにバレーは自分の体型に合わないと自覚し、みずからやめた。水泳は飛び込みやレスキューの資格まで取って卒業。日本のように塾に通わせることはなかったし、短期に日本の学校に入れたこともない。それらを必要と私は思っていない。
子供のサマーキャンプはカナダでは慣例だが、小学校のときは娘の興味もあってトロント・フレンチ・スクールのサマーキャンプに入れた。中学生になると絵画、ジム、水泳等の特技を活かしてサマーキャンプのカウンセラーとして子供たちと接していた。それと娘の通っていた中学校ではボランティア活動や新しいスポーツ、キャンプやトレッキングに挑戦するプログラムに参加することを推奨していて、娘はフレンチ系の老人ホームで入居者の話し相手をするボランティア活動や、コミュニティーのバスケットボール部に入ったり、週末に重い荷物を背負って仲間とトレッキングに行ったりしていた。これら学校外の社会との関わりを通して次第に今自分は何ができるのか、また将来何がしたいのかを模索する機会が与えられていたのだと思う。この課外活動はThe Duke of Edinburgh’s Awardという国際的プログラムで学校として推進しているから娘も参加出来たので、そうでなければ私も知ることはなかった。学校が関与していなければ無論個人でも参加できる。金、銀、銅とアワードのレベルがあり、全部終了すると英国のエディンバラ公(当時はフィリップ陛下、現在はエドワード王子)から金賞が授与される。学業をしながらの活動なので途中で辞める生徒もいるが、学校の教科以外の活動はそれが何であれ親が思う以上に子供の自信と将来に繋がる体験だと思う。
というわけで中学・高校時代の日本語学習時間は縮小されてしまうことがほとんどだと思う。つまり生まれてから小学校を卒業するまでの時間に日本語にどっぷり浸からせておかないとどんどん失われていくといっても過言ではないと思う。日本語に対する興味はどこで芽を吹き返すかわからない。そのためにも幼少の時期の言語環境を大事にしたいものだ。






