大人の隠れ家のような 寿司屋「寿限無」でしっぽり過ごす|特集「残りわずかな夏に押さえておきたいトロント8トピック」
気楽にトークを楽しみながら寿司と酒を愉しむ。
その店はダウンタウンから少し東、キャベッジタウン近くにある人気焼き鳥居酒屋「ざっ串」の地下一階にある。居酒屋らしく大勢の客で賑わう上階とは対照的に扉を開くとカウンターを始め随所に使われている木造の明るく優しい色彩と清潔感を感じる40席ほどの心地よい空間が目の前に広がる。
その店の名は「寿限無」。落語としても知られるその名は「寿(ことぶき)限(かぎ)り無(な)し」、 つまり「おめでたいことがずっと続く。死ぬことがない」という意味をもつ。同店は焼き鳥居酒屋としてトロント・バンクーバーで成功している「ざっ串」、ラーメン人気を牽引する「雷神」をもつグループによって運営されている。
メニューを眺めてみる。寿司のほかに〝おまかせ〟もあれば、魚を使った前菜が何種類か並ぶ。10種類近くの前菜は酒好きと公言する田代シェフ自らがビールや日本酒に馴染む、寿司の前に小腹を少し満たすアテとして用意したメニューだ。「スズキの柚子胡椒ポン酢」や「甘エビの辛味漬け」など寿司屋らしい前菜のほかにも、「たまりチーズ」や「漬物」といったシンプルだが日本酒に合う一品が並ぶ。
寿司ネタは鮪、白身、光り物、魚介から豊富に20種類がメニューに並ぶ。日本人には嬉しい光り物は「さば」、「いわし」、「あじ」、「かます」、「こはだ」をつまむことができる。「鮪(ブルーフィン)」はメキシコ産だが、メキシコ産のブルーフィンは、その大部分は日本に輸出されているほどクオリティが高い。鮪を除けばそのほとんどは日本産の鮮魚で揃えられているのだが、そのことを田代シェフに尋ねると、
「実は日本産だからモノが良いということは決してありませんし、日本産にこだわっているというわけでもありません。時にはポルトガル産やニュージーランド産でも日本産と比べてモノが良いということはあります。しかし、平均して見たときに日本産の方が加工技術や輸送技術などが優れており、結果として魚を扱いやすく、安心して使えるのです。寿司・刺身に大事なのはネタの具合です。今申し上げた通り、ローカルや近海ものを含めて魚を獲った後の処理の仕方もどうしても日本と比べて劣ってしまうので、結果的に日本の鮮魚を多く取り扱っているのです。」と教えてくれた。さすが魚の卸しで修行経験がある職人だけに、魚のことをよく知ってネタ選びをしている。
カウンター越しに話す姿勢は軽快でテンポが良い。一本芯が通ったトークは職人としての人間性を表す。
「シャリに関しては、コシヒカリを使っているので味はしっかりしていて美味いというのはあるのですが、寿司酢には赤酢主体で4種類の酢をブレンドしています。上にくるお魚を引き立て、かつ存在感のあるシャリになる様、バランス作りに日々追及を重ねています。海苔に関しては、トロントのアップマーケットのお寿司屋さんで使われているグレードまでは正直に言って使えていませんが、それに近い風味を持つ海苔を選び抜いて使用しています。」と正直に語ってくれる姿に食材に真摯に向き合っている感が伝わってきて好感が持てる。
また、寿限無の寿司の楽しみ方を聞くと、
「トロントには色々な国のお客様がいます。アジア系の方はだいぶ寿司を知ってきているのでマニアックな魚を好む傾向がありますし、寿司をまだまだ知らない欧米の方は脂がのった分かりやすい魚を好みます。それらのバランスを常に考えています。あとは自分の好きなネタですね(笑)。光り物の鮮魚は匂いが強いので煙たがれるのですが、寿限無で比較的多く取り扱っているのは私の好物だから…というのも正直なところです。」と教えてくれた。
田代シェフの寿司は、醤油、水、酒、みりん、出汁などを合わせて煮切って作る煮きり醤油を握りの時点でネタに塗って提供される。
「醤油のこだわりは寿司に旨味を出したり、コクを乗せるために煮きり醤油にカツオの出汁を効かせていることです。魚の味を楽しみたいという方にとっては、味を邪魔してしまうので賛否両論あるのですが、カツオの風味があることでローカルの方々に寿司を分かりやすく馴染んでもらえるのではないかと思い提供しています。」とシェフならではのこだわりを教えてくれた。
こんな風に語る田代シェフはとにかく自分が好きなものを提供したいという。「こはだ」や「穴子」など手間のかかる食材も好んで取り扱う。トロントの寿司好きに浸透してきている「おまかせ」は、12・8・5貫から選べる3種が用意されている。お腹の状況に合わせてネタを決めてバランス良く楽しんでもらえるような構成を心がけているという。食べ足りないという人には、小さな「ネギトロいくら丼」や「海鮮紅白丼」も用意されている。
他にも寿司といえば日本酒。 「寿限無」の日本酒は8銘柄がメニューに並ぶ。「会津ほまれ ゆず純米」は純米酒のまろやかさが爽やかなゆずの香りと酸味によって引き出しながらほのかな甘みのある味わいがある。食前酒はもちろん、日本酒が苦手な女性や飲み慣れていないカナダ人を明るくさせてくれる一杯だ。今や世界的に人気の獺祭ブランドは「三割九部 純米大吟醸」が用意されている。これぞ純米大吟醸と感じさせてくれる華やかな上立ち香と口に含んだときに見せる蜂蜜のようなきれいな甘みが、飲み込んだ後の長い余韻を演出してくれて、寿司をつまみにゆっくりしたいときには最高の酒だ。
「自分はまだまだ底辺の人間だと思っています。そんな人間が作る料理で少しでも誰かが喜んだり、幸せと思ってもらえることができる時間を演出できるというのは奇跡だと思っています。その初心を忘れずに何かになりたいというのではなく、〝続けていく〟ということを大切にしたいと思っています。」と語る田代シェフは、「寿限無」を肩肘張らずに気軽でアットホームな雰囲気だけど、大切な人も連れてきたいと思ってもらえるような空気を持つ店にしていきたいとのことだ。
しっとりとした雰囲気がある店内でカウンター越しに一人飲みをしながら田代シェフの握りを楽しむも良し、彼氏彼女と食事を囲み二人で話に夢中になるのも良し、おすすめはカウンター越しに田代シェフと会話しながら、寿司と日本酒をつまむことかもしれない。その時のシーンによって気軽に立ち寄れて美味しいものを味わえる、トロントにありそうでなかったそんな隠れ家に一度足を運んでみてはいかがだろう。
寿限無
193 Carlton St, B1
647-352-9456
Facebook: jugemutoronto