【トロント・コミック・アート・フェスティバル(TCAF)特別インタビュー】誰もが自分だけの魔法を持つ“魔法使い” 漫画『とんがり帽子のアトリエ』作者 白浜 鴎さん|#トロントを訪れた著名人
もしも魔法が「かける」ものではなく「書く」ものだとしたら。そんな斬新なストーリーで人気を得ているのが『とんがり帽子のアトリエ』(講談社)だ。海外で権威ある賞を受賞し15カ国以上で翻訳版が出版されるほど高い評価も受ける本作品の作者・白浜鴎さんが5月、トロント・コミック・アート・フェスティバル(TCAF)に参加しトロントのファンと交流した。本誌との特別インタビューでは、魔法の持つ希望と絶望を描いた本作品の誕生秘話から、ファンタジーの魅力についてたくさんのお話を伺った。
グローバルファンの声は嬉しい
―パンデミックの影響で中止になった2020年のTCAFから4年、今年改めて招待されてのお気持ちを聞かせください。
前回はすごく行きたかったのに残念だなと思っていたので、今回また呼んでいただけてとても嬉しいです。カナダに来ること自体が初めてですが、ご飯がおいしくて良いですね。
―TCAFでも展示された作品『とんがり帽子のアトリエ』は、アメリカ「ハーヴェイ賞」の「Best Manga」部門や「アイズナー賞」の「最優秀アジア作品賞」を受賞するなど国を超えて高い人気を得ているかと思います。実際に海外の方からの反響というのは感じていますか?
最近はSNSで作品の感想を話して盛り上がっている人を見かけますし、SNSで声をいただくこともあればファンアートを書いていただくこともあって、国境関係なく盛り上がってくれているのを見ることができて嬉しく思います。英語圏にかかわらず、スペイン語、フランス語、韓国語などさまざまな声をいただいています。
―作品を描いた当初、ここまで人気が出ると想像できていましたか?
漫画を描き始めた時から翻訳された時のことを考えていましたし、日本の漫画が好きだという人は世界中にいるので海外の読者を想定しながら漫画を描いてはいました。グローバル時代なのである程度人気が出るかもしれないと感じていたことはありましたが、正直ここまで広がるとは思っていなかったのでありがたいですね。
―今回トロントでトークショーをされたりTCAFではファンと交流されたりしたと思いますが、いかがでしたか?
読者の熱気と熱意を直接感じることができ、私の中に今とてもエネルギーが渦巻いています。人によって物語やキャラクター、技術的な部分など興味を持つ着眼点が一人一人違うのもとてもおもしろく、だからこそ描くもの全てに気が抜けないなと気合が入りました。トロントの皆さんに、改めてありがとうございますと伝えたいです。
希望と絶望は表裏一体
―この作品は、魔法は「かける」のではなく「書く」ものだという設定がとても斬新でおもしろいです。そもそもこの作品はどうやって誕生したのですか?
イラストレーターや漫画家の友人が、「漫画の制作過程を見せると魔法が解けちゃうよね」と言ったことが1つのきっかけです。職人の技などの技術は過程を見て学ぶと習得できるようになるじゃないですか。完成作品を見ても作り方は想像できないけど、その作り方を学ぶと作れるようになるというのが魔法みたいだという話をしたんです。その時に、この設定はすごくいいなと思って長い間プロットを温めていました。
生まれつき魔力があれば魔法が使えるのであれば、魔力がない人はしょうがないって諦めがつくと思います。でも作品の中の世界のように「もしかしたらできるかも」となると、知識や環境によって魔法が使えるかどうかが変わるという「アクセスの格差」があるということになると思うんですね。それって現実にも通じるところがあると考えて、この物語を描く意義があるのではないかと思いました。
―普通の女の子が魔法が使えるようになった希望と、禁止された魔法などに関する絶望と、希望と絶望が織り交ぜられていて興味深いと同時に胸が苦しくもなります。
この物語は希望と絶望を表裏一体で描いていて、どちらかしかないというのはないと思っています。私も描きながら苦しんでいます(笑)。どうしてこんなことになってしまったんだろうと思いながら描くこともありますが、漫画家が苦しんでいる時が一番漫画はおもしろいんだと思います。
―絶望と向き合っても、純粋で前向きなココはとても魅力的です。キャラクターはどうやって考えたのですか?
できれば皆さんに好きになってほしいので、友だちにしたいかそうじゃないかで考えることが多いです。ココの魔法の先生であるキーフリー先生はこういう先生がいてくれたらいいなと思って描いていますし、ココと一緒に魔法を学ぶアガットもこういう子がそばにいたら一緒に頑張れるんじゃないかなと想像しながら描いています。
あえて社会問題も描く意義
―物語の途中で、性暴力の問題に触れたり同性カップルが登場したりと社会問題を描いている部分には驚きました。ファンタジーの世界ではなかなか出てこない話題ではないかと思いますが、あえて取り上げた理由を教えてください。
なかなか出てこないからこそ出す必要があるのではないかと思ったからです。そういったテーマを描かないようにする作品が多い中で、私が描く意義はあるんじゃないかと思っています。性暴力については被害を受けている人がたくさんいるとニュースで見たりはしますが、まだ法律の面などでうまく機能していないこともあると感じます。そういった日本の情勢含め社会問題を物語に取り入れた経緯がありました。
―性暴力と同性愛の部分について、読者からの反応はどうでしたか?
いろんな人のいろんな感想があったと思います。日本だとまだ同性婚もできない状況なので、この問題をハッピーに描くのも違うと感じた部分もあって描くのは難しかったです。そういったキャラクターを見て「幸せになってほしい」と感じた読者の方もいるかもしれませんが、現実の問題についても同じように思ってもらえたらいいのかなと思います。
幼少期からファンタジーに夢中
―先生はファンタジーがお好きなんですか?
子どもの頃から『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ作)や『指輪物語』(J・R・R トールキン作)などの児童小説をたくさん読んできて、ファンタジーをとても身近に感じて好きになりました。最近でも『ゲーム・オブ・スローンズ』(原作:ジョージ・R・Rマーティン)がおもしろくて何回も繰り返し読んだくらいです。
―ファンタジーの魅力は何だと思いますか?
現実世界じゃないことによって、より現実をクリアに見ることができるものだと言えるでしょうか。例えばカナダ人からすれば日本で起きていることは遠い世界の物語みたいでちょっとファンタジーかもしれないし、カナダの物語は日本からするとファンタジーかもしれませんよね。でも誰にとってもファンタジーである物語はカナダ人でも日本人でも誰も知らない世界の物語なので、みんな同じように見て同じタイミングで驚いて、同じように感じることがあるのではないかと思うんです。そういう点でファンタジーが好きですね。
私にとって漫画は〝魔法〟
―日本やトロントにいる読者に伝えたいメッセージはありますか?
どんな人にも魔法があると思っています。自分の持っている魔法の力をちゃんと見つけたり育てていったりして、皆さんが自分のなりたい魔法使いになれるようになったらいいなと思っています。また、漫画を読んでいただいてそういうふうに思っていただけたらすごくワクワクする世界になるのではないかとも感じています。
―先生がおっしゃる、誰もが持っている「魔法」というのは何でしょうか。
例えば食材を買ってきて料理ができるのも、布から洋服ができるのも一種の魔法だと思います。今いる場所から遠くに遊びに行って素敵な景色を見ることができるのだって、交通手段を使った魔法だと思います。そういう日常にあるいろんな素敵な魔法が自分の力で生まれたんだと思うとエネルギーが湧いてくるので、皆さんがそう考える手助けになれたら嬉しいですね。
―先生の魔法は何ですか?
私にとっては漫画なんじゃないかと思っています。何もなかったところから物語やキャラクターが生まれて、それを国を超えていろんな人に読んでもらうってすごく魔法みたいですごいことだなと感じています。
白浜鴎(しらはま・かもめ)
東京藝術大学デザイン科を卒業後、フリーのイラストレーター、漫画家として活動。講談社のWEBマンガサイト・モーニング・ツーWEBで『とんがり帽子のアトリエ』を連載中。単行本は13巻まで刊行されており、アニメ化も決定。『マーベル・コミック』、『DCコミックス』、『スター・ウォーズ』などのアメリカンコミックスの表紙も手がけている。他作に『エニデヴィ』(全3巻/KADOKAWA)など。