トロントから震災・復興に 向き合う人々 石原牧子さん
石巻魂に動かされたドキュメンタリー映画、「長面 きえた故郷」
トロントでドキュメンタリー映画を制作している石原牧子さんが、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市長面地区を題材にしたドキュメンタリー映画「長面 きえた故郷」は2013年に石巻市で上映され、大きな反響を生んだ。そして今年3月19日および3月21日にトロントでの上映が予定されている。
「3月の上映を前にしてお伝えしたいこと」 特別寄稿 石原牧子さん
あの日、遊楽館“かなんホール”で何が起ったのか、からお話ししたい。完成した映画を石巻市(長面は市に属する沿岸部落)で初上映したいという私の思いは固かった。だが 市として最多の死者約4000人を出した被災地だけにネット上の会場検索は当てにならない。幸い市役所の方を通して遊楽館のOKがとれた。2011年の撮影でお会いした彼の上司だった方が館長になっていた。天井から吊り下げる大きな映画のバナーも既に用意されていた。近代的なスポーツセンターを兼ねた丘の上の素敵な市民の大文化交流センターだ。被害は受けていない。
会場が決まると次の心配が頭を過る。映画が被災者コミュニティに受け入れてもらえるのかどうか。賭けだった。震災のドキュメンタリーを被災地で上映して誰が見に来るのか?でも集まって来た。被写体になってくれたモガール和子さんと妹の福田祐子さんも「悲しいお話ではないから。」と一生懸命地元の人たちに声をかけてくれた。カメラに収録されたのはまさに、どん底に落とされた後に来る淡々とした被災者家族の日常生活だったからだ。市に手配されたマイクロバスで、あちこちの避難所から続々と観客が乗り入れた。入場料は頂かない。かなんホールも館長が市に申請して無料で提供してくれた。彼は「私が責任をとります。」と言って自ら腕まくり姿で折りたたみ式の椅子を次々に会場内に運び、定員400人をオーバーする600人を入れた。「消防署には内緒です。」と茶目っ気に言った笑顔が忘れられない。終了後も安全を期して観客の退場をテキパキとさばく指揮官をやってのけた。小さな子供連れのお母さん達もガラス越しの特別視聴室につめかけた。
館長は自ら上映会のアンケート用紙を観客に配り、回収後、東京に郵送してくださった。それを読み終わった時、私は感動で体が熱くなった。観客の反応は和子・祐子姉妹に励まされたという嬉しい感想に加え、映像に記録したことへの感謝の言葉と全国で是非上映を、という期待に満ちていた。これが「長面 きえた故郷」きえた故郷が巡回上映となった所以である。
2014年東京の上映会の後、市民復興ツアーが組まれ、地域の歴史に詳しい方の引率で幾人かの都会人が映画ゆかりの地を訪問した。仮設住宅に泊まり、地元の方の手料理や長面産の牡蠣に饗した。そして大川小学校跡を訪れ亡くなった子供達の霊を弔い、道の駅「上品の郷」の駅長さんに震災のお話を聞くなど、ユニークな旅の体験をして帰って来た。
しかし、津波の威力を物語る破壊的な光景はいまや映像でしか観ることが出来ない。2013年6月に2度目の上映会で現地を訪問したときにはすでに遺物収拾所だった体育館も、もみくちゃにされた自動車も水面下の住宅跡もすべて消えていた。
震災の記憶が風化しないよう遺構保存を勤める団体があるが、「思い出したくない」と言う理由で解体を主張する側を説得するのは難しい。阪神では震災後、多くの遺品展示や防災研究テーマなどで後世の教訓に役立つ施設が建ったという。宮城県も阪神の例を参考に津波被害の教訓を伝えられるよう遺構遺品の保存の形を審議している。最近修学旅行にそのような施設を訪問しようという県外の動きもある。
当時と現在の状況の違いは住宅事情にもある。2011年の撮影中は仮設住宅の建設まっただ中だった。そして、抽選に当たって避難所から仮設住宅に移動できる日をみな待ち望んでいた。仮設の次は復興住宅だった。ところが現実は 仮設住宅から未だに出られないでいる人たちが半年前の報道では福島、宮城、岩手の3県で9万人もいた。 建築材料も賃金も高騰し、人材が高賃金の仕事へと流れ出し確保できない。2020年の東京オリンピックの準備がこれをさらに悪化させている。仮設は法律で2年が限度だが、5〜8年は待たされる人が出てくる。
今年の1月で阪神淡路大震災は20年が経った。そして東日本大震災がこの3月で4周年を迎える。気がつけば3.11の出来事も20年前、という日がいずれ来る。 その時私達は震災にどうむきあってきたのか、どう伝えて来たのか、何を学んだのか答えることが出来るだろうか? 他人事でない震災。「長面 きえた故郷」がそれを考えるきっかけになってくれれば本望だ。
トロントの上映は今回初めてで3月19日(木)19時に日系文化会館で、21日(土)15時にトロント大学構内で上映される。それぞれ1時間前にはミニエンターテーメントが有志によって用意されている。上映前後の交流も楽しんでほしい。
また、両日とも短編ドキュメンタリー「これから」を同時上映する。気仙沼の子供達が語るこれからの夢と希望に耳を傾けていただきたい。(Kore Kara – From Now On)〔 ケビン・マクギュー制作・ 石原雪子オールドフォード監督 〕両会場とも入場料は10ドル。さらに両日とも10ドル以上のドネーションをされた方には上映記念品を贈呈。切符の売り上げとドネーションの一部は被災地対象のJCCC奨学基金に寄与される。主催の〔ふるさと愛奏委員会〕では、「長面」巡回上映資金達成のためスポンサーを募集中。
<映画ウェブサイト>
「これから」 korekaraproject.com/about-ja
「長面 きえた故郷」 www.nagatsurahomewithoutland.com
石原牧子
東京都出身。大学卒業後数年勤務.のちカナダ留学を経てオンタリオ政府機関でIT専門職に従事。12年後独立して念願の映像活動にはいる。RogersTV, TechTV, OMNITV, Reuters等のフリーランスカメラマンとして働く傍らドキュメンタリー映画の制作をする。代表作に「長面 きえた故郷」、Road to Recovery(震災ファンドレイジング用に3カ国で使用),The Last Chapter-Reading my Father through the Lens(TVFでグランプリ受賞6カ国10都市で上映), The Generations (OMNI TV), 『5人の5年』など。CBC RadioではColonel’s Daughterを放送。写真の個展「偶然と必然の間」を東京で開催。PPOC会員。 問い合わせ Tel: 647-784-6141(Nakao) 905-624-8052, 647-297-8028(Moghul) Email: makiko.ishihara@gmail.com