国際結婚・女性の会 NPO法人APJW代表理事 野口洋美さん
今、トロントをはじめ世界中で増え続ける国際結婚—同時に国際離婚に瀕する女性も増えている。国際離婚を経験した日本人女性のNPO法人APJWが、ここトロントで活動を続けている。APJWの代表理事で、本誌コラムニストでもある野口洋美(ひろみ)さんに国際離婚の現状やAPJWの活動ついてお話を伺った。
『離婚駆け込み寺〜住職からのメッセージ〜』を執筆され、大学院でも国際離婚の研究をなさった野口さんですが、どのような経緯から日本人女性移住者の国際離婚と深く関わるようになったのですか。
私自身が国際結婚の経験者です。ひとり親としての子育てにひと段落ついた頃、カナダの大学に入り、社会福祉学と心理学、そしてその後の修士課程でコニュニケーション学を学びました。でも、国際離婚をテーマに論文を発表し戻ってきたのが、私の原点である「離婚駆け込み寺」でした。私にもできること、そして私だからできることは、やはり国際離婚の渦に巻き込まれている日本人女性と共に歩むことだと、あらためて思えました。カナダの離婚法は、日本と大きく違いますし、親権問題一つをとっても、驚くこと、悩むことだらけです。さらにお子さんと日本に戻ることを制限されている女性も少なくなく、私が「離婚駆け込み寺」を出版した年に立ち上げたブログを見たという方からいただくメールも途絶えることがありませんでした。
APJWについて教えてください。
国際離婚を経験した女性、国際離婚に瀕している女性、国際離婚が視野に入ってきた女性など、国際離婚の様々なステージにいる日本人女性が、日本語でその経験や情報を分かち合えるコミュニティづくりを目指しています。2014年初夏、この「離婚女性のコミュニティ・ビルディング」という目的に賛同する移住者が集まり、ブレイン・ストームの末、秋には、JCCCで「ハーグ条約ってなに?」と題したセミナーを行いました。そして2015年3月、このプロジョクトに関わった者のうち国際離婚経験者が集まりピアサポート団体の発足を決意しました。7月にオンタリオ州政府にNPO法人登録を申請し、2015年10月25日に正式承認を受けました。家族も、時には友達もいない外国で離婚することになった日本人女性の悲しみや不安を理解し、彼女たちが孤立してしまわない場所づくりを目指しているのが、APJWなのです。修士論文のために私が行った聞き取り調査でも、国際結婚が終焉を迎えたとき「子供と日本に帰りたい」と切望する女性たちは、海外で孤独と疎外感に圧倒されていたことがわかりました。ですから、トロントに仲間がいる、辛い時に「辛い」と頼れる人たちがいるということは、離婚することになった移住者女性たちにとって何よりも心強いことなのです。さらに、子供を抱えての国際離婚は、離婚が成立することで終わるものではありません。「元夫との間を行き来しながら育つ子供の母」としてどう生きてゆくかを模索するのは、生涯続くチャレンジです。元夫は、子供の結婚式で顔を合わせ、共に孫たちの祖父母になってゆく人なのですから。このように、日本とは大きく異なるカナダでの離婚後の人生をできる限り素敵なものにするためのコミュニティでありたいとの願いから、団体名をAssociation of Post-divorce Japanese Women、つまり「離婚を乗り越えた日本女性の会」と名付けました。
具体的にはどのような活動をしていらっしゃるのでしょうか?
毎月第3土曜日に勉強会を開催しています。開催時間に関しては、午前中、午後、夕方からなど、どの回にも参加できない方がないよう工夫しています。勉強会のトピックは、オンタリオの家庭法や、共同親権に関する情報提供や情報交換、ゲストスピーカーをお招きして、自立やストレスマネージメントをテーマにした座談会など多岐に渡ります。この春人気が高かったのは、国際離婚を経験した両親の家を行ったり来たりしながら成人した日系女性(会員のお嬢さん)の体験談でした。これは、参加者の離婚後の子育てに対する関心の高さを反映しているのだと思います。勉強会の日時は、ホームページ(apjw.info)に掲載しています。
またホームページのQ&Aでは、APJWの目的や活動内容などの他、オンタリオの離婚についての質問についてもお答えしています。ホームページの問い合わせフォームで、会員登録や勉強会の詳細についておたずねいただけますが、電話での情報提供はお断りしています。これは言葉のみのコミュニケーションによって不正確な情報が伝わってしまい、ご本人に迷惑がかかることを防ぐためです。またAPJWでは、会員登録を済まされた方を対象に有料での個人支援も行っています。弁護士との面談での通訳や法文書の翻訳などが個人支援の一例です。詳細はホームページでご覧いただけます。最後にAPJWの支援は、弁護士や社会福祉士らのサービスに代わるものではありません。APJWの活動は、ピアサポート(相互支援)です。国際離婚に瀕した女性が前に進んで行くのを国際離婚の先輩や仲間(ピア)が応援するというスタンスを何よりも大切にしています。
カナダで離婚するとはどういうことでしょうか?
カナダ(オンタリオ州)では別居から離婚まで法的に1年を要しますが、実際には、離婚が成立するまで3年以上かかることも少なくありません。特に日本と異なる親権の取り決めは、日本生まれの母親にとって大きなショックです。日本で離婚する場合、離婚届にどちらの親が子供の親権者となるかを記して提出すれば、離婚はその場で成立します。多くの場合、母親が親権を持ち、離婚後の子育てには母親のみが関わります。これを単独親権と言います。一方オンタリオでは、離婚しても父母が同時に親権を有し、子供のその後の人生に共に関わり続けるという共同親権が一般的です。これが、先にお話しした「元夫との関係が延々と続く」ことの理由です。ですから、財産の分割やサポートペイメントなど金銭的取り決めより、子供がどういったスケジュールでそれぞれの親と関わって行くかを決めることが先決なのです。つまり、法的な離婚そのものと離別(セパレーション)後の子育てに関する取り決めは、別であると捉えた法が良いでしょう。子供にとって、親の離婚はこの上なく悲しいものです。そんな悲しみを経験した子供たちが、それ以上の悲しみを感じることがないよう、子供の心を最優先することが、離婚そのものを成功させることの決め手だと思います。私が大学に戻る直前の2007年に出版された 『離婚駆け込み寺〜住職からのメッセージ』には、私自身の国際離婚体験と離婚後の子供達の成長が綴られています。国際結婚に関する読み物としては、先に挙げた私の修士論文より、すっと面白いものであると、読み返してみて少し悔しくさえありました。…いったい私の6年間はなんだったのだろうかと…(笑)みなさん、ぜひご一読ください。
国際離婚にはどのような理由が多いのでしょうか?
一言ではお答えできません。百組の離婚があれば百の理由があるのかもしれませんね。国際結婚をDVと結びつけてイメージする方も少なくないようですが、実際には少数派だと思います。ただインパクトが強いので誇張されて伝わっているように感じています。どんな理由で離婚に至ったかよりも、今後どのように生きてゆくかの方が大切ですしね。APJWの勉強会や交流会では、元夫や元姑などの悪口などは控えています。どんなに悔しい経験も悲しい思い出も前向きな姿勢で乗り越えて行こうというのが、APJWの考え方ですので、取り立てて離婚理由を分析したりはしないようにしています。
国際離婚を語るときに必ず話題になるハーグ条約とは何なのでしょうか?
「両親が離婚をする時には、子が両親と離婚直前に暮らしていた国の法律に基づいて子の親権や面会交流を取り決めましょう」というのがハーグ条約です。従って、ハーグ条約は、例えば日本人同士がカナダで子育てをしていた場合にも当てはまります。つまり、国際結婚=ハーグ条約、ではないのです。もっと言うと、日本で生まれた日本人の子どもが、両親とカナダに引っ越した後、一方の親がもう一方の親の承諾を受けずに子どもを連れて帰国してしまった場合、ハーグ条約の下、子どもはカナダに戻されることになります。これは、カナダに残った方の親が、日本の外務省を通してカナダへの子の送還を申請することが条件です。ハーグ条約は、「子を連れて国境を越えることは、子供に悪影響を与える」という考え方が大前提となっています。しかしこれは、多くの国際条約と同様、欧米の価値観で作り上げられたルールですので、日本人の離婚や親権に関する法律や価値観と相反するものです。それが、日本が条約に加盟していたにもかかわらず、批准(国会で承認されること)まで長い年月がかかってしまったことの理由です。2014年の条約施行(法律が効力を持つこと)は、アメリカをはじめとする欧米諸国の圧力であったことは、多くの日本人の記憶に新しいと思います。 しかし、どんな背景があったとしても国際条約が批准されたからには、従わなければなりません。 離婚後もカナダで子育てをする日本人の母親たちのピアサポートとして、APJWの活動は、今後一層、意義のあるものとなってくると思います。
これから国際結婚をする、もしくは国際結婚をしたいと思っている日本人女性にメッセージをお願いします。
国際結婚であろうとなかろうと、海外で暮らしてゆくには精神的に自立することが大切です。これはパートナーである夫に対する礼儀であり、社会に対する義務でもあると思います。例えば、「カナダで国際結婚をしたい」と思ったら、まず「もしこの人と離婚することになっても、私はカナダで暮らし続けることができるだろうか」と自問することも大切です。「離婚してもカナダで暮らしたい」と答えられたなら、その国際結婚はうまく行くような気がします。
ハーグ条約
正式名は『国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約』。片方の親による子供の連れ去りをめぐる国際問題を解決するために生まれた条約で、1980年にオランダのハーグで採択されたため一般にハーグ条約と呼ばれる。条約の発効は1983年。日本でも2014年4月に施行されたが、日本国内での浸透度はかなり低く、国際結婚を考えている人でも条約の全容を理解していない場合もある。
詳細は、外務省のサイトを参照。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hague/
国際離婚を経験した日本人女性のピアサポート
NPO法人APJW(Association of Post-divorce Japanese Women)
ウエブサイト:apjw.info
2015年3月設立。2015年10月 オンタリオNPO法人承認。毎週第三土曜日に勉強会開催。詳細はHPにて。7月9日JCCC夏祭りにブースを出展。