日本食レストランがかかえる永住権問題|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第71回|特集「日本食の力と担い手たちの未来」
先月のはじめ、Zen Japanese Restaurantにて山野内・駐カナダ大使、松永・在トロント総領事との意見交換会が、TORJAの塩原編集長の発起のもとに開かれました。老舗の日本食レストランやミシュランの星付きレストランが参加し、若手の飲食店オーナーとして招待いただき参加した会ですが、主な内容は、日本食レストランにおける従業員の永住権取得が困難になってきている問題についてでした。
JRAC(Japanese Restaurant Association of Canada)が中心となって、大使、総領事の協力のもと、意見書を提出する方向でまとまりましたが、今回はこちらの件について書いてみたいと思います。
かつて寿司シェフは永住権取得の王道
前提として、「いま日本人経営の飲食店は従業員の永住権が取れないという問題」を抱えています。もちろんこれは、飲食店に限った話ではないのですが、かつて寿司シェフは永住権取得の王道であり、僕が永住権を取得した2013年も、まだバンクーバーオリンピックの余波で永住権が取りやすかったという背景があります。これを踏まえると、日系飲食店におけるこの問題は、大きな変化の荒波の中で起こっていることがお分かりいただけると思います。
これにより、シェフや飲食店経営者の高齢化が進み、実力のある若手のチャレンジが非常に困難になりつつあるというのが現状です。
大使、総領事からの助言
ひとしきり状況をお伝えしたうえで、大使、総領事からも助言をいただきました。曰く、自分たちを優遇してほしいとお願いでするのではなく、オンタリオ州、そしてカナダにとってのメリットを伝える、ルール変更ではなく現状のルールの中での運用方法を模索するというような、困難な問題や交渉にたいする普遍的かつ有効な考え方、姿勢をうかがうことが出来ました。
つまり、困っているから助けてくださいと涙ながらに訴えるのではなく、まだまだポテンシャルを秘めた日本食が、カナダでよりプレゼンスを発揮することは、カナダ人の健康促進、そして文化資本、観光資源の増強、ひいてはカナダの経済発展につながりますので、現状はそこにブレーキをかけられている状態で、カナダにとっても大きな機会損失ですよ、と進言させていただくのが有効であるという事です。
もちろんこの問題には、カナダが国策として住宅不足の解消を見据え、国にとって必要なセクターに傾斜配分して永住権を発給しているという背景があるのですが、同様に、経験をつんだ日本食のシェフに永住権を取らせることは、将来的にカナダに利益をもたらすことになるという論理です。
では具体的にどういった角度から訴えていくのか。ポイントは3つです。
POINT#01「日本食は健康」
一つは、日本食は健康であるがゆえに、カナダに住む人々の健康促進、医療費の削減に寄与できるという点です。以前、このコラムでマグバガンレポートについて触れましたが、1970年代、アメリカで肥満や食による健康被害が問題となった時に、マグバガン上院議員による大規模な調査の末、日本食は理想的な健康食であるとレポートでまとめられています。
日本が健康寿命ランキングで世界1位の座についていることは良く知られた事実ですが、10位圏外のカナダの健康寿命を押し上げる上で、食が非常に重要な役割をはたすことは明白です。
POINT#02「日本食は貴重な観光資源」
二つ目は、日本食は非常に貴重な観光資源であるという点です。2022年に、カナダ初となるミシュラントロントがリリースされて以降、数多くの日本食レストランが掲載されたのは皆さんがすでに知るところで、カナダにおいて日本食が確固たる存在感を示していることに異論はないはずです。今後、この存在感を増していくことが出来るのか、それとも埋もれて行ってしまうのか、永住権問題はそういった行く末に大きな影響を与えます。
POINT#03「日本食は日加の友好を深める有効なツール」
三つ目のポイントは、日本食は日加の友好を深める有効なツールとして、独自のポジションを築くことが出来るという点です。日本とカナダは、最近の事例をあげるだけでも、HONDAがオンタリオでEV工場の建設を発表したり、双日がトロント近郊の交通を管轄するメトロリンクスから事業を受注したりするなど、切っても切れない友好関係を強固にしつつあります。日本食はこういった経済的なメリットをカナダにもたらすのみならず、文化的なつながりを深めるきっかけにもなり得ます。
さて、果たして日本食以外にこういったメリットをカナダにもたらす料理があるでしょうか。すでに松永総領事からこの問題をダグフォード・オンタリオ州首相に直接伝えられたとの話も聞いており、事はもう動き出しています。引き続き、経緯を見守りつつ、自分にできることがあれば全力でバックアップし、カナダにおける日本食の発展に寄与していく次第です。