AIによる飲食店の提案、「タイパ」は美味しいのか?|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第91回
先月、ぐるなびはAIエージェントを搭載した飲食店提案アプリ「UMAME!」を正式にリリースしました。このサービスは、従来の検索型グルメサイトとは異なり、利用者の好みや行動履歴、写真、位置情報などをもとに、AIが飲食店を提案する仕組みだそうです。事前予約を前提とせず、現在地周辺でのリアルタイムな飲食店選択や、二次会など突発的な利用シーンを想定している点が特徴とされています。どこに行くかを自分で探すのではなく、AIに提案してもらう。UMAME!は外食の新しい入口となりそうです。
提案の裏側は誰が支払うのか
個人的に気になるのは、UMAME!のマネタイズの仕組みです。店舗側が支払うブースト課金的な広告料なのか、送客に応じた成果報酬型の手数料なのか、あるいは利用データの二次活用なのか。いずれも十分に考えられます。もし資金力のある店舗ほど提案されやすい構造になるのであれば、そこにはディストピア的な未来も想像できますが、マッチングアプリに慣れ親しんだ世代からすれば、違和感のない話なのかもしれません。そもそも、広告で人を集めるという行為自体、形を変えてきただけで、本質的には昔から存在してきた手法です。
省いた時間の先で、体験は薄まらないか
UMAME!は、決まらない時間を省き、その時の自分に合った飲食店を提案するサービスです。そういう意味では、コスパ・タイパ文化の延長線上にあるサービスだと捉えています。効率化は、あくまで時間をつくるための手段であり、それ自体は何の問題もありません。ただ、その先に何があるのか、そしてその選択をどこまで自覚的に行っているのか、という点には注意が必要な気がしています。
それは、体験を薄めることで時間を創出してはいないか、そして、効率化によって生み出された時間で何をするのか、という問いです。
イヤホンをつけて動画を見ながら食事をするという光景は、もはや何ら珍しいものではありません。
しかし個人的には、幸福の半分は食事に由来していると思っていて、だからこそ、できる限り五感を総動員して食事を楽しみたいと思っています。そのため、あえて聴覚をシャットダウンしたり、スマホに視覚やアテンションを奪われながら食事をすることが、どうも苦手です。
とはいえ、コーヒーを飲みながら読書を楽しんだり、ポップコーンを食べながら映画をみることに対して、「どちらも100%楽しんでいない」と断じるのが暴論であるように、大好きなアニメを見ながら、大好きなラーメンを食べることが、その人にとって至福の時間であるなら、それは誰にも否定されるものではありません。
気をつけなくてはいけないのは、それが本当に自分で選んだ行為なのか、それとも、スマホやアプリの仕様によってアテンションを奪われ、リコメンドの垂れ流しに身を任せているだけなのか、という点でしょう。
「美味しい」は最適化できても、、再現は難しい
職業柄、定期的に「お客さん」として自分の店で食事をします。味はもちろん、温度、BGMの音量や選曲、調理音、スタッフとお客さんの会話、つまりは、店内の環境や雰囲気を確かめるためです。「美味しい」は味覚だけに由来するものではありません。嗅覚や聴覚といった五感はもちろん、その日の体調や気分、文脈にも大きく左右されます。「美味しい」を追求することは、実のところ、かなり面倒な作業なのです。
UMAME!は、決まらない無駄な時間を省き、いまの自分に最適化された「美味しい」を提案してくれる画期的なサービスだと思います。ただ、タイパ文化全体に言えることとして、問われているのは、こういったサービスそのものの良し悪しではなく、それを利用する側の価値基準や生き方なのかもしれません。
というわけで、今回は割り切れないおじさんの戯言でした。






