【第一部|挑戦から未来へ】山野内勘二 駐カナダ日本国特命全権大使が描く「日加連携と人生哲学」|特集「令和7年新年特別インタビュー」
第二部では、三回の留年やロックンローラーへの夢を経て、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』との出会いが彼を外交官の道へ導いたという感動的なストーリーに迫る。「やりたいこと」「できること」「やるべきこと」の交差点を探し続けた挑戦の軌跡は、次世代への希望と道標を示してくれる。外交と人生を貫く哲学が詰まった珠玉のインタビューをお届けする。
カナダと日本の関係が、山野内大使の赴任から約2年半の間にどのように深化してきたのか。インド太平洋戦略を軸とした新たな外交の展開、温暖化対策やゼロエミッションビークル(ZEV)の普及を目指した産業協力の進展、さらには「アメリカファースト」に揺れる国際関係の中での日加連携の重要性について語ってもらった。
変化する世界情勢と、それに伴う内政・外交の課題を背景に、両国の未来を築く鍵となる戦略と協力の道筋を探る。
【第二部|挑戦から未来へ】山野内勘二 駐カナダ日本国特命全権大使が描く「日加連携と人生哲学」|特集「令和7年新年特別インタビュー」
第二部では、三回の留年やロックンローラーへの夢を経て、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』との出会いが彼を外交官の道へ導いたという感動的なストーリーに迫る。「やりたいこと」「できること」「やるべきこと」の交差点を探し続けた挑戦の軌跡は、次世代への希望と道標を示してくれる。外交と人生を貫く哲学が詰まった珠玉のインタビューをお届けする。
「インド太平洋戦略」と産業協力で築く未来
ー2022年5月に着任された当時の日本とカナダの関係をどのように捉えていらっしゃいましたか?
私が着任したのは2022年の5月でした。その時期は、ちょうどコロナ禍によるさまざまな規制が終わりつつあり、一部はまだ残っていたものの、徐々に通常の生活が戻り始めているタイミングでした。それから今日まで約2年7か月が経ちました。この期間に国と国との関係が劇的に変わるかといえば、それは簡単なことではありません。一人の人間が2年7か月という短い期間で全体像を動かすことは、やはり容易ではないと思います。というのも、国同士の関係というのは非常に幅が広く、奥深く、また大きな枠組みを持つからです。
ーこの約2年7か月の間に、日本とカナダの関係を深める上で、特に印象に残っている出来事や成果は何ですか?
ただ、その点を踏まえた上で、あくまで私の主観的な印象として申し上げるならば、この2年7か月という期間は、日本とカナダの関係が本当に深まった期間だったと感じています。
そう感じる理由の一つは、カナダ政府がこれまで歴史的にも地理的にも、主にヨーロッパ諸国やアメリカとの関係を基盤に発展してきたという背景がありながらも、2021年11月に、初めて国家戦略として「インド太平洋戦略」を打ち出したからです。私が着任して間もないころから、この戦略が近々発表されると言われていましたが、実際に発表されるまでには時間がかかりました。その理由の一つは、中国との関係をどう整理するかについて、政権内で大きな議論があったためだと思います。
中国は非常に大きな市場としての魅力を持つ一方で、慎重な対応が求められる要素も多くあります。さらに、ピエール・トルドー首相の時代に、カナダがアメリカに先駆けて中国と国交を正常化したという外交的な誇りもあります。このような歴史的背景や外交上のプライドを踏まえ、中国との関係を見直すには慎重なプロセスが必要だったのでしょう。
その結果、「インド太平洋戦略」が生まれましたが、その中で日本との関係が非常に重視されていることが明確になりました。この戦略の中で日本が重要な位置づけを得たことは、大変意義深いことだったと思います。
ちょうどその時期、日本も国家安全保障戦略を新たに策定していました。また、日本の外相とカナダの外相との間で「自由で開かれたインド太平洋に資する日加アクションプラン」が作られました。2022年5月は、日本もカナダもコロナ禍が明け、通常の状態へと戻ろうとしていた時期でした。このような状況下で、外交面においてこれほど大きな柱が立てられたことは、歴史的にも非常に意義深いことだったと感じています。
その翌年、徐々に明らかになってきたのは、温暖化対策が今後の経済、ビジネス、そして政策の大きな柱になるということです。2050年に向けてカーボンニュートラルを達成することが、各国にとって不可欠な目標となっています。特に、自動車産業はこの目標の達成において重要な役割を担っています。自動車産業は裾野が広く、排出ガス全体の約25%を占めているため、このセクターをゼロエミッションビークル(ZEV)に移行させることが、各国で重要な課題として認識されるようになりました。
ーZEVの普及に向けた課題の中で、重要鉱物資源の確保について、日本とカナダはどのように協力しているのでしょうか?
ゼロエミッションビークルを普及させるにはさまざまな方式がありますが、特に電池が非常に重要な要素となります。カーボンニュートラルを達成するための切り札であるZEVの核心は電池であり、品質が良く、かつ効率的である必要があります。そして、その実現には、重要鉱物資源の確保が鍵を握ります。
しかし現実問題として、現在、重要鉱物資源のマーケットの約7割は中国の影響下にあります。また中国は、現状変更を試みようとする動きを見せており、経済的威圧を行っています。各国や企業は「どこまで中国に依存すべきなのか」という課題に直面し、この問題を明確に認識し対応する必要性が高まっています。
そのため、中国への依存度を下げなければならない、という課題が浮き彫りになりました。そして、「どこで重要鉱物を調達するのか」という問いに対して、カナダの優位性が非常に明確になってきたと言えます。この流れは、2023年にかけて一層鮮明になりました。その要因の一つが、アメリカのインフレ抑制法案です。この法案は、北米大陸でのゼロエミッションビークルの製造を強力に後押しするものであり、その結果、アメリカ企業だけでなくカナダ企業も多大な利益を得る状況が生まれました。
ーそれらの協力が、両国の産業や国際的な立ち位置にどのような影響を与えるとお考えですか?
こうした背景の中、2023年9月に西村経済産業大臣(当時)がカナダを訪問し、二つの重要な協力覚書が結ばれました。一つ目は、「バッテリーのサプライチェーンの強靭化」に関するもので、まさにZEVの普及に直結する課題に対応する内容です。二つ目は、「産業技術」に関する覚書で、半導体や量子技術、ライフサイエンスなど、より先端的な技術の開発に向けて、日本とカナダが協力していくことを示すものでした。
西村経産大臣の訪問は、わずか1泊3日というタイトなスケジュールでしたが、カナダ側からは3人の閣僚、シャンパーニュ革新科学産業大臣、イン輸出促進・国際貿易・経済開発大臣、ウィルキンソン・エネルギー天然資源大臣が対応しました。この4名のカルテットに加え、日本とカナダの企業関係者もランチミーティングに参加し、具体的な協力の道筋について議論が行われました。この訪問を通じて、日本とカナダが今後の産業の大きな流れを共に作り上げていくというビジョンが、明確な形で共有されたことは非常に意義深いと感じています。
経済と地政学の交差点
ーカナダと日本の経済的なつながりについて、特に双方のニーズがどのように一致しているのでしょうか?
カナダは世界のGDPランキングでは第9位に位置していますが、自動車産業を自前で持っているわけでもありません。しかし、豊富な天然資源を有し、NAFTA(北米自由貿易協定)に基づいて世界最大のマーケットの一角を形成している点は大きな強みです。このため、海外からの投資が近年拡大しています。
一方、日本は重要鉱物を含め資源に乏しく、国内需要を遥かに超える生産力を持つ日本企業にとっては、グローバルなマーケットを求めることが基本戦略です。このように、日本とカナダは互いのニーズが一致しており、まさに「ウィン・ウィン」の関係を築いていると言えます。
これはいわゆる地政学と経済の結びつきを象徴する部分ですね。また、日本とカナダはG7のメンバーとして共に活動しています。G7の7カ国のうち4カ国はヨーロッパに位置していますが、太平洋に面しているのは日本、アメリカ、カナダの3カ国です。この3カ国は、ヨーロッパ諸国とは異なるアジア太平洋地域特有の緊張感や重要性を共有していると言えるのではないでしょうか。
さらに、来年はカナダがG7の議長国です。昨年の日本、本年のイタリアが議長国であった流れを受け、次はカナダが主導することになります。このような状況の中で、日本とカナダの相互協力がさらに深まっていると感じています。
日本の自衛隊との協力が具体的な形で進展していることを実感しています。先ほど触れた「アクションプラン」についても、単なる文書としての存在に留まらず、実際の行動に結びついています。例えば、カナダ軍主催合同軍事演習「ナヌーク作戦」において、日本の自衛隊が北極圏でオブザーバーとして参加しています。また、日本とカナダの2国間訓練「KAEDEX」も実施されています。この「KAEDEX」という名称は、「KAEDE」(楓)と「EXERCISE」(訓練)とが合体した言葉で、カナダ国旗にもなっている「楓」という日本語が起用されています。この演習は年々進化しており、日本とカナダだけでなく、アメリカやその他の太平洋地域の国々も参加する大規模な共同演習へと発展しています。
カナダはハイテク分野で非常に優れた能力を持ち、サイバーセキュリティの分野でも、日本との協力が大きな進展を遂げています。カナダの取り組みは、日本との連携において非常に重要な役割を果たしており、その意義はますます高まっています。
ビジネス面においては、日本は大企業、特に財閥系企業が主力である一方、カナダはスタートアップ企業の活躍が目立っています。現在は技術的にも大きな変革期にあり、このような変化の激しい時代において、日本とカナダの組み合わせは多くの可能性を秘めています。人と人の交流や学術交流も含めますます進展していくでしょう。
カナダ内政の変化
ーカナダの内政についてお聞かせください。この1~2年の間で、特にジャスティン・トルドー政権に対する評価が急速に変化しているように思います。大使として、あるいは外交官として、この変化の背景についてどのように分析されていますか?
支持率が低下している背景には、時代の変化が非常に激しいという点があると感じます。10年間も政権を維持するのは、並大抵のことではありません。一部からは、「トルドー疲れ」といった言葉も聞かれます。
歴史を振り返れば、最も長い政権を築いたのはウィリアム・ライアン・マッケンジー・キング元首相でしょう。彼は1935年から1948年まで連続して政権を担当し、延べ21年間首相を務めました。それに続くのがジョン・A・マクドナルド初代首相で、17~18年にわたる政権運営を行いました。その次に長かったのがウィルフリッド・ローリエ元首相の16年です。ピエール・トルドー元首相は15年政権を率いました。しかし、それ以降を見ると、ほとんどの政権は10年程度が上限となっており、現在の自由党政権も約9年という年月が過ぎたことで、自然と支持が低下しているように思います。長期政権と支持率の間には、そのような関係もあるといえます。
確かに、10年ほど政権を維持するというのは非常にプレッシャーがかかるものですね。ハーパー政権の時も同様で、9年から10年ほどが一つの節目とされていました。パンデミック後の経済や社会の変化は特に大きく、こうした時代の転換期においては、多くの国民が不満を抱きやすくなるものです。たとえば、「フリーダム・コンボイ」のような現象や、生活費の高騰、住宅問題などがその一例と言えるでしょう。
ーもし政権が変わった場合、日本とカナダの関係性にどのような影響があるとお考えですか?
一般に、国と国との関係は、政府間の関係に強く影響を受けます。ただし、カナダにおいては、自由党も保守党も日本との関係を重視しています。両国の良好な関係、あるいは、経済的相互依存の重要性は、これからも引き継がれていくと考えています。
トランプ大統領就任と日米加関係への影響
ートランプ次期大統領の就任が3カ国間の関係にどのような影響を与えるとお考えですか?
アメリカの大統領選挙は、現代の民主的制度を持つ各国の中でも、おそらく最も民主的な選挙制度の一つと言えるでしょう。その特徴として、非常に長い選挙プロセスが挙げられます。選挙期間中には数多くのディベートが行われ、郵便投票を含めた多様な形式で国民の意思が反映されます。最終的には、共通のルールのもとで結果が決まり、その結果がアメリカ国民の声と現実を反映していると考えられます。
今回の選挙結果は、大統領選挙人の獲得数、ポピュラーボートの結果、さらに上下院選挙の結果を通じて、アメリカ国民の意思を示すものだと思います。カナダや日本にとって、アメリカとの関係は極めて重要です。そのため、新政権の方針に合わせながら、新たな日米、加米、そして三国間関係を築く努力が求められるでしょう。
どの国も「自国ファースト」の姿勢を持つのは自然なことです。アメリカも建国当初から「アメリカファースト」を理念に掲げ、戦後もその基本姿勢を維持してきました。ただし、第二次世界大戦後のアメリカ政策を振り返ると、短期的な損失を許容しつつ、長期的なリターンを見据えた戦略的な政策が取られていた時期がありました。このような視野が、当時の政策決定者によって実際に機能していたと感じます。
ートランプ政権下での「アメリカファースト」の方向性はどのように変化するとお考えですか?
新政権の「アメリカファースト」政策がどのように展開されるのかは、依然として不透明な部分が多いです。しかし、歴史的に見れば、アメリカは「短期的な損失を受け入れながらも、長期的利益を追求する」という戦略を特徴としてきました。トランプ政権がこの方針をどの程度維持するのか、あるいは短期的利益をより重視する形に変えるのかは、注目すべきポイントです。これに対し、カナダや日本がどのように柔軟に対応し、相互の連携を深めていけるかが、今後の鍵となるでしょう。
ただし、現在の「アメリカファースト」は、過去とは異なる背景を持っています。リーマン・ショック以降、アメリカ国内の経済環境は一層厳しさを増し、国民が「今日少しの損失を受け入れても、10年後に大きな利益を得る」といった長期的な戦略を支持することが難しくなってきました。その結果、現在の「アメリカファースト」は短期的利益を優先する傾向が強まり、その姿勢が今回の選挙結果にも反映されているように思います。
こうした短期志向のアメリカとどのように向き合うかは、日本やカナダにとって重要な課題です。両国が「こうあってほしい」と願うアメリカ像が、現実とは異なる可能性があることも理解しなければなりません。しかし、その厳しい現実の中で折衝を重ね、建設的な関係を築き続けていくことが求められるでしょう。
【第二部|挑戦から未来へ】山野内勘二 駐カナダ日本国特命全権大使が描く「日加連携と人生哲学」|特集「令和7年新年特別インタビュー」
第二部では、三回の留年やロックンローラーへの夢を経て、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』との出会いが彼を外交官の道へ導いたという感動的なストーリーに迫る。「やりたいこと」「できること」「やるべきこと」の交差点を探し続けた挑戦の軌跡は、次世代への希望と道標を示してくれる。外交と人生を貫く哲学が詰まった珠玉のインタビューをお届けする。