もっと日本にCanLit! 第15回
第15回 ローレンス・ヒル
本年度マッシー・レクチャーズ。人間の核をなすともいえる「血」の観点から、文化、人種、民族、家族、性、宗教、芸術などについて考察し、血、ひいては人間とは何かという究極の問題に迫る。
2007のベストセラー。
テレビシリーズの撮影も始まった。
マッシー・レクチャーズというのをご存知だろうか。毎年、カナダの著名な作家や学者が講師として選ばれ、計5回からなる講演のテーマとなる本を書き、カナダの全国各地を巡回するプロジェクトだ。1961年に、前カナダ総督のヴィンセント・マッシー氏に敬意を表し、おもに芸術や人文の分野での国民の啓蒙を目的として創設された。近年の講師にはマーガレット・アトウッドやトマス・キングなどが名を連ねるが、古くはアメリカ人のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏、あのキング牧師も講師だったことがある。
このプロジェクトを動かすのはCBC、トロント大学のマッシー・カレッジ、そしてアナンシ出版社だ。この三者が共同で作家やテーマの選考にあたるのだが、講演の模様を放送するのがCBC、本を出版するのがアナンシ、そして出版記念パーティーと第一回の講演が行われるのがマッシー・カレッジとなっている。筆者はアナンシ出版社でインターンをしていたので、マッシー・カレッジの出版記念パーティーにも出席させていただいたことがある。
本年度(2013年秋から)の講師はオンタリオ、バーリントン市在住のローレンス・ヒル氏。氏の両親は白人と黒人のアメリカ人カップルで、結婚を期にカナダに移住、以来人権活動に力を注いでいる。ウィニペグ・フリー・プレスやグローブ・アンド・メールの記者を経て作家になったヒル氏だが、両親の影響あってか、アイデンティティをテーマにした作品が多い。
今年度のいわゆる「教科書」であるBlood: The Stuff of Lifeでは、人間の核をなすともいえる「血」の観点から、文化、人種、民族、家族、性、宗教、芸術などについて考察し、血、ひいては人間とは何かという究極の問題に迫る。
また、氏の2007年のベストセラー、The Book of Negroesはアフリカから誘拐されアメリカへ奴隷として送られた女性の波乱万丈の生涯を描く大長編。タイトルのザ・ブック・オブ・ニグロズだが、これは実在のドキュメントで、アメリカ独立戦争の際に奴隷制を逃れカナダのノバ・スコシアにたどり着いた人々の記録の書である。余談だが、オンタリオ方面にも、善意の白人たちの協力で奴隷をカナダに逃す「アンダーグラウンド・レイルロード」という秘密組織があった。このへんの歴史に興味のある人はぜひ本書を読んでみるといいだろう。
モーゲンスタン陽子
作家、翻訳家、ジャーナリスト。グローブ・アンド・メール紙、モントリオール・レビュー誌、短編集カナディアン・ボイスなどに作品が掲載されたほか、アメリカのグレート・レイクス・レビュー誌には2012年秋冬号と2013年春夏号に新作が掲載。今年6月にはアメリカのRed Giant Books出版から小説『ダブル・イグザイル/ Double Exile』刊行。翻訳ではカナダ人作家キャサリン・ゴヴィエ氏の小説『ゴースト・ブラッシュ』の邦訳を担当。2014年6月彩流社より刊行。また同月、幻冬舎より英語学習本も刊行される。筑波大学、シェリダン・カレッジ卒。現在はドイツのバンベルク大学院修士課程在籍中。最新情報はwww.yokomorgenstern.comまたはフェイスブック参照のこと。