もっと日本にCanLit! 第16回
第16回 エマ・ダナヒュー
エマ・ダナヒュー
1969年ダブリン生まれ。
現在は家族とともにトロントで暮らしている。
今月はアイリッシュ・カナディアンのエマ・ダナヒュー氏。1969年ダブリン生まれの彼女は、現在は家族とともにトロントで暮らしている。このコラムの第1回で日系カナダ人作家のレズリー・シモタカハラ氏を紹介したが、ダイアスポラ・ダイアローグス・プログラム(有名作家が新人作家のメンターとなって指導するトロントの文芸プログラム)にて彼女のメンターだったのがこのダナヒュー氏だ。

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拉致監禁被害者である母子の物語を、5歳の少年ジャックの目線で語る7作目の小説。マン・ブッカー賞やカナダ総督賞最終選考にも残った氏の代表作。
氏の作品は英語圏で広く出版され、小説、短編集など通算一五冊以上もの著書があるが、今回紹介したいのは、数々の賞を受賞し、2010年のマン・ブッカー賞やカナダ総督賞最終選考にも残った、氏の七作目にあたる小説『ルーム』という作品。拉致監禁の被害者である母子の物語を、その五歳の男の子ジャックの目線で語る筆が非常にリアリスティックであると評判になった力作だ。
私もこの本を持ってはいるのだが、実は読んでいない。正直言って、読むのが怖いのだ。被害者の心身の痛みを自分のことのように感じさせてしまうような、そんな力を持った作品ではないかと思うからだ。
ここで話は変わるが、日本の某作家も同じように拉致監禁被害者を主人公にした小説を発表しているが(こちらは読んだ)、そのアマゾンの読者レビューを見て驚いたことがある。商業効果を狙った覗き見趣味の恥ずべき作品で、作者を見損なったという意見が大多数だったからだ。
本当にそうだろうか。私はそうは思わない。この作家は、事件に深く心を痛め、憤慨していたのではないかと思う。人にはそれぞれ得意分野があり、想像力の豊かなタイプとそうでないタイプがいる。事件のヘッドラインを読んだだけでその全景を理解する人とそうでない人がいる。作家とは想像力が人一倍豊かな人々で、だからこそ人一倍胸を痛め、拉致監禁事件に限っていえば、人ひとりの人生をめちゃくちゃにするということはどういうことなのか、事件を再構築することによって一人でも多くの読者に伝えようとしたのではないだろうか。なぜならこの、ジャーナリズムでいう「アウェアネスを高める」ことによって、ひょっとしたら第2第3の被害を防げるかもしれないからだ。
読んでいないのに言うのも恐縮だが、ダナヒュー氏もそんな思いで作品を書きあげたのではないだろうか。そして、カナダでは前述の日本人作家に対する批判のようなものがあまり見られなかったのも印象的だった。
モーゲンスタン陽子
作家、翻訳家、ジャーナリスト。グローブ・アンド・メール紙、モントリオール・レビュー誌、短編集カナディアン・ボイスなどに作品が掲載されたほか、アメリカのグレート・レイクス・レビュー誌には2012年秋冬号と2013年春夏号に新作が掲載。今年6月にはアメリカのRed Giant Books出版から小説『ダブル・イグザイル/ Double Exile』刊行。翻訳ではカナダ人作家キャサリン・ゴヴィエ氏の小説『ゴースト・ブラッシュ』の邦訳を担当。2014年6月彩流社より刊行。また同月、幻冬舎より英語学習本も刊行される。筑波大学、シェリダン・カレッジ卒。現在はドイツのバンベルク大学院修士課程在籍中。最新情報はwww.yokomorgenstern.comまたはフェイスブック参照のこと。