千円の壁と見えざる手、チェーン化と均質化|カナダのしがないラーメン屋のアタマの中 第94回
先日、東京商工リサーチがラーメン店の倒産件数を発表しました。2025年度は57件、集計を開始した2009年度以降2番目の高水準です。
背景にあるのは、原材料費・光熱費・人件費、三拍子揃ったコスト増です。米国の関税政策に端を発した世界経済の混乱、戦争による原油高、円安と、物価が上がる要因ばかりが重なっています。コストが上がっているので価格転嫁したいが、長年ラーメン業界を縛り続けている「千円の壁」という問題があります。
ラーメン「千円の壁」はなぜ越えられないのか
ラーメン一杯千円を超えると客足が遠のく、これはラーメン業界の常識として長く語られてきた言葉です。根底にあるのは、「ラーメン=安くて当たり前」という消費者の心理的抵抗だと思います。20年以上にわたり、ラーメンの価格はほとんど上がりませんでした。その歴史が積み重なって作られた先入観は、コストが上がり続ける今も、簡単には塗り替えられません。
ただ、経済の論理から見ると、もう一つの構造が浮かび上がります。アダム・スミスが説いた「見えざる手」、すなわち、市場に参入者が多くなれば競争が激化し、価格は自然と下がるという原理原則です。
日本全国のラーメン店はおよそ2万4000店。参入障壁が低く、開業支援のコンサルや、職人、経営者の養成学校まで増えたことで、新規参入は後をたちません。過剰供給の市場では、価格を上げれば客は隣の店に流れる。千円の壁とは、心理的抵抗であると同時に、競争原理が生み出した必然でもあるのではないでしょうか。
「見えざる手」が機能しないラーメン市場
見えざる手が働くなら、採算の取れない店から撤退が進み、供給が絞られ、やがて価格が上がるのでは、という予測が立ちますが、現実はそうなってはいません。市場規模は2024年度に7900億円と過去最高を更新し、主要チェーンの店舗数も過去最多となっています。個人店がつぶれた後のイスに、別のプレイヤーが座っているのです。吉野家HDや松屋フーズなどをはじめとする大手外食資本がラーメン事業への参入・強化を加速させているのは、まだ勝ち筋のある魅力的な市場だという合理的な判断があるからでしょう。
ラーメン業界ではこういった「チェーン化」が進んでいますが、ではこの流れの中で、個人店に何が起きているかを考えると、少し複雑な気持ちになります。
生き残るために、個人店は差別化を迫られます。味を磨き、独自のスタイルを追求し、大手にはできないことで勝負する、それが本来あるべき姿のはずです。ところが、実際に起きているのは、「差別化の均質化」とでも呼ぶべき現象ではないかと思っています。
似ていく時代に、雷神は何を残すか
近年、ラーメン業界の権威のある賞や、ミシュランで高評価を受ける店を見ていると、あるスタイルへの収斂が起きているように感じます。淡麗系の醤油ラーメン、低温調理のチャーシュー、繊細な澄んだスープ。あるいは極太麺に山盛りの野菜、ニンニクと背脂の二郎系など。それぞれの店が真摯に味を追求した結果であることは疑いありませんが、賞やメディアの評価軸が事実上の正解となり、個人店がその正解に向かって最適化し、均質化に向かっているのでは、という印象をぬぐえません。
見えざる手は確かに働いている気はするけれども、教科書が描いた「競争による健全化」でも、「個性ある店が生き残る多様な市場」でもなく、チェーン化と均質化が同時進行する市場のような気がしてなりません。
そして、自分自身もこの大きな流れの中にいるのは疑いようのない事実です。時に身をゆだね、時にあらがいながら、それでも雷神にしか出来ないこと、雷神だから出来ることとは何かを、日々迷いながらも探し続けています。その問いを手放さないことこそが、チェーン化と均質化という荒波の中で唯一無二であり続けられる、唯一の道なのかもしれません。







