「カナダ・ オンタリオ州における日本酒市場の変遷と成長」Ozawa Canada CEO / Sake Institute of Ontario(SIO)President 小澤 彰太郎氏|特集「SAKE Meets Canada 日本酒レガシー 」
カナダにおける日本酒市場の発展に尽力してきた「小沢カナダ」が、今年で創業40周年を迎える。
1974年にカナダへ移住した小澤家が、日本食材の輸入販売を始め、1990年代には日本酒の市場開拓に乗り出した。当初は限られた輸入業者しか扱っていなかった日本酒だが、地道な普及活動を経て、今やカナダ全土の飲食店で提供されるまでになった。
その背景には、「Sake Institute of Ontario」の設立や、北米最大級の日本酒イベント「KAMPAI Toronto」の開催、日本政府機関との連携といった数々の取り組みがある。
SIO会長でありOzawa Canada CEOの小澤彰太郎氏に、日本酒市場の変遷や、ユネスコ無形文化遺産登録を機に期待される未来について詳しく聞いた。
ー小沢カナダ(Ozawa Canada)は40周年を迎えます。トロントとモントリオールにオフィスを持ち地域に密着した企業として代表的なカナダ発の日系企業ですが、会社としてのこれまでの歩みを教えてください。
私の父と母は、1974年に私と姉の子ども二人を連れてカナダに移住しました。右も左もわからない異国の地で、翌年には静岡のお茶や乾物を輸入・販売するスモールビジネスからスタートしました。
当時は、母が中心となってビジネスを切り盛りし、父はカナダ企業でエンジニアとして働き、その後大手日系商社に勤務しました。
10年後の1985年3月1日、父が社長として全面的に経営に参加し、「小沢カナダ」として日本食全般を取り扱う企業になり、今では日本酒、ウイスキー、焼酎などの酒類や、日本食材、調理機器の輸入まで幅広く手がけています。
ー日本酒の市場を開拓された経緯について教えてください。
静岡のお茶の輸入からスタートした弊社ですが、日本酒の市場開拓を始めたのは1990年代でした。当時、日本酒はまだ限られた輸入業者しか扱っておらず、カナダでの知名度も低かったんです。
90年代後半に玉乃光の会長との出会いから本格的に日本酒事業に取り組み、米国にも営業に回り、宝酒造など取り扱うブランドが増えていきました。
「日本酒をもっと広めたい」という思いから、積極的にレストランやバイヤーにアプローチをかけ、八海山や久保田、南部美人などの銘酒を取り扱うようになりました。
ー近年、カナダでも日本酒市場が大きく成長していると言われています。その要因は何でしょうか?
そうですね。特に2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことは、日本酒の市場拡大に大きく影響を与えました。それまでも日本酒は国内外で親しまれていましたが、この登録を機に、「和食の一部」として日本酒が再評価されるようになったと思います。結果として、世界各国の高級レストランでも日本酒の導入が進みました。トロントでも日本食レストランだけでなく、フレンチやフュージョン系の非日系レストラン以外でも日本酒の取り扱いが増えました。
また、トロントでは、2009年〜2010年ごろから「居酒屋ブーム」が到来しました。2010年代前半にはバンクーバーから人気がある居酒屋など話題性ある日本食レストランの進出が活発化しました。これにより、日本酒を楽しむ文化がよりカジュアルなスタイルでも受け入れられるようになり、多様化したんですね。
さらに2000年代後半から「おまかせ」スタイルの高級寿司店や懐石料理、割烹料理などの日本食レストランが増え、高級路線のマーケットでも日本食の存在感が増しました。背景には2022年にカナダ初となるミシュランガイドがトロントで発行され、多くの日本食レストランが星に輝いたことも大きいでしょう。
そして、今年はその機運がますます高まっています。昨年2024年12月に「日本の伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。これも日本酒の国際的な認知度をさらに高める大きな出来事です。
これまでにも日本酒は海外市場で注目されていましたが、伝統的な醸造技術が公式に評価されたことで、より価値のある文化的な飲み物としての位置づけが強まりました。この登録決定により、海外での日本酒の需要がさらに高まり、人気や販売の増加が期待されます。
ーユネスコ登録後、日本酒の市場にどのような影響があると考えますか?
ユネスコに登録されたことで、日本酒の価値が単なる「飲み物」ではなく、文化遺産としての側面を強調できるようになったと思います。特に、欧米の市場ではワインのように「文化的な背景を持つ飲み物」が評価される傾向がありますので、日本酒もそのようなブランド戦略を強化していく必要があります。
また、プロモーション活動もより活発になるでしょう。日本政府や酒造メーカーが共同で日本酒の魅力を伝えるキャンペーンを展開し、ミシュラン星付きレストランや高級ホテルでの採用がさらに進むことが期待できます。
ーカナダ市場における日本酒の受け入れ状況はどのように変化しましたか?
当初は、「日本酒=熱燗」という固定観念が強かったんです。しかし、カナダの消費者に日本酒の多様性を知ってもらうために、冷酒やスパークリング日本酒などの新しいスタイルを提案しました。特に「食事とのペアリング」というコンセプトが浸透し始めたことで、日本酒の楽しみ方が広がったと思います。今では、トロントやバンクーバーなどの都市では、日本酒専門のバーやレストランも増えてきましたね。
ーオンタリオ州での日本酒文化や販売の振興には小澤さんが立ち上げ、会長を務める日本酒振興を目的とした非営利団体「Sake Institute of Ontario(SIO)」の存在も大きいと思います。
ありがとうございます。2012年に設立した「SIO」は昨年には「令和6年度外務大臣表彰」を受章しました。
元々、2011年にLCBOと日系文化会館で開催した日本酒のイベントが団体の設立に背景になります。イベント自体は好評でしたが、LCBOからは翌年以降の共催はしないとはっきり言われてしまいました。一方で、私たちは日本酒のイベントや新しい試みを催していきたいと考えており、2012年にカナダにおける日本酒の普及と市場拡大を目的として「SIO」を設立しました。
SIOの活動には、レストランや酒販店、業界関係者に向けた日本酒のトレーニングプログラムの提供、消費者向けのイベント開催、日本酒輸入の支援などが含まれます。また、LCBOなどの機関と協力し、日本酒のリスティング促進やマーケット開拓に取り組んできました。
2012年から開催している「KAMPAI Toronto」は北米最大級の日本酒フェスティバルであり、日本酒業界においても重要なイベントとして位置づけられています。年々規模を拡大し、多く酒蔵や飲食業界関係者が集う場となっています。
SIOの活動にはJETROや在トロント日本国総領事館など日本の政府機関の支援など力強いサポートを受け、官民一体で強固な協力関係を築けているのもとてもありがたいことです。
ー世界を見ると、例えばパリのミシュラン星付きレストランなどでも、日本酒を提供するケースが増えています。カナダにおける日本酒市場のさらなる成長にはどのような要素が重要になりますか?
やはり「ペアリング」の概念が重要ですね。ワインと同じように、日本酒も料理との相性を考えることで、その価値が一層高まります。特に、赤ワインや白ワインと同じように、食材や調味料との相性を意識することが必要です。
たとえば、醤油のような強い旨味を持つ調味料と日本酒は相性が抜群ですし、逆に魚の生臭さを抑え、香りや味わいを引き出す効果もあります。また、最近ではスパークリング日本酒やフルーツ酒が登場し、ワインと同じように食事の前後やデザートと合わせる新しい楽しみ方が広がっています。
ー今後より一層、日本酒のブランド価値を高めていかなければならないと思いますが、どのようなアプローチが必要だと思いますか?
単に「日本酒のブランドを売る」だけでなく、その背景にある「ストーリー」を発信することが大切だと思います。たとえば、伝統ある酒蔵の歴史、醸造技術、特定の地域との結びつきなど、人々の共感を得られるエピソードを伝えることで、日本酒の価値がより伝わりやすくなります。
また、日本酒を単なるアルコール飲料ではなく、「日本文化の一部」として世界に広めることが、今後の市場拡大の鍵となるでしょう。すでにトロントなどでは、日本酒が単なる飲み物ではなく、「ジャパニーズ・エクスペリエンス」として楽しまれる動きが出てきています。
ープロフェッショナル・コミュニティーへのアプローチも目立ってきました。
はい。先日1月28日にはトロントのBovine Wine Clubで、カナダ・プロフェッショナル・ソムリエ協会(CAPS)オンタリオ支部主催の「Best Ontario Sommelier Competition(BOSC)」が開催され、オンタリオ州内の優れたソムリエたちが集う機会がありました。
そこで我々は、日本酒に焦点を当てたプログラムを組み、日本酒マスタークラスを開催したほか、試飲会なども行い、業界のプロフェッショナルであるソムリエに日本酒の深い知識や魅力を広めました。
ー最後に、日本酒事業における「小沢カナダ」の今後の展望についてお聞かせください。
今後も、日本酒の価値を広めるための活動を続けていきます。特に、カナダ市場では若い世代の間でも日本酒が受け入れられつつあるので、よりカジュアルな形で楽しめるような提案を増やしていきたいですね。また、イベントやコラボレーションを通じて、日本酒の可能性をさらに探求し、世界に広めていくことが私たちのミッションです。