【カナダで進化する日本酒文化】「酒サムライ」マイケル・トレンブレイ氏 日本酒の魅力と可能性を語る|特集「SAKE Meets Canada 日本酒レガシー 」
カナダにおける日本酒の普及を牽引する第一人者、マイケル・トレンブレイ氏。酒サムライの称号を持ち、国際唎酒師としての豊富な知識を活かしながら、長年にわたり日本酒の魅力を発信し続けている。彼の日本酒との出会いは19年前、カナダ・トロントの「Ki Modern Japanese + Bar」での勤務がきっかけだった。それ以来、日本酒の奥深い歴史と文化に魅了され、その探求は今なお続いている。
日本酒の多様性や食とのペアリングの可能性を世界に広めるため、教育活動にも積極的に取り組み、「Sake Scholar Course」やWSETの日本酒講座を通じて、各国で講義を行っている。さらに、「Kampai Toronto」の日本酒マスタークラスを担当するなど、日本酒の認知向上に貢献してきた。
本インタビューでは、日本酒の国際的なトレンド、カナダ市場の成長、そして世界各国の料理とのペアリングの可能性について、トレンブレイ氏の視点から語っていただいた。日本酒の未来を見据える彼の考えとは?
ー日本酒との出会いを教えてください。
日本酒に出会ったのは、19年ほど前に「Ki Modern Japanese + Bar」に入社したときです。当時、ワインの勉強をたくさん終えていたので、日本酒や日本の文化にとても興味がありました。
ー日本酒のどこに魅了されたのですか?
日本酒は、何世紀にもわたって日本の歴史の中で重要な役割を果たしてきました。私にとって、この歴史はカナダにある多くの日本酒蔵の日本酒に象徴されています。300年以上の歴史を持つものもあり、想像力をかき立てられます!
ーカナダでは日本酒の認知度や人気が高まっていますが、その理由は何だと思いますか?
確かに日本酒の人気は高まっています。その理由はいくつかあると思います。まず、いくつかの州で日本酒に関する教育が受けられるようになったことです。これにより、日本酒の知識を持つ人が増え、その知識が他の人にも広まるようになりました。
また、カナダで手に入る日本酒の種類が10年前と比べて増えており、日本各地の個性的な酒が紹介されるようになりました。各銘柄には魅力的なストーリーがあり、それが消費者の関心を引きつけています。
さらに、カナダには現在3つの日本酒醸造所があり、地元産の食品や飲み物に興味を持つ消費者と直接関わることで、日本酒への関心を高めることに貢献しています。
ーこれまでに行った日本酒の普及活動について教えてください。
まず最初に「Ki」で、スタッフ向けに隔週で日本酒のセミナーを開催する機会を得ました。また、新しいスタッフには2時間の日本酒トレーニングを実施していました。スタッフの教育は、日本酒に情熱を持ち、その魅力をゲストに伝えられる人材を育てる上で大きな影響を与えたと思います。
また、「Sake Institute of Ontario(SIO)」が開催している「Kampai Toronto」の第一回目の時に、初めての日本酒マスタークラスを担当しました。どれだけの人が参加するか予想できませんでしたが、最終的には座席を増やすほどの人気となりました。同じように日本酒に情熱を持ち、もっと学びたいと考えている人がこんなに多いことを知り、大きな気づきを得る経験でした。その後、SIOにおいて数多くのマスタークラスを実施しました。
現在は、「Ki」での教育活動に加え、WSET(Wine Spirit Education Trust)の日本酒講座や、Sake Scholar Course(日本全国47都道府県の地域性を学ぶ日本酒コース)を世界各地で教えています。また、日本酒造組合中央会の北米担当としても日本酒の普及に携わっています。
ー世界的な日本酒のトレンドと、カナダでのトレンドの違いについてどう思いますか?
日本酒はさまざまな形で急速に進化しており、今こそ学び、そして探求するのに本当に面白い時期だと思います。例えば、スパークリング日本酒は品質や味のバリエーションが飛躍的に向上しています。また、1930年代に廃れていった伝統技術である木桶発酵を復活させる動きも見られます。日本各地で地理的表示の認定が増えており、2016年には2つしかなかったものが、現在は18に増えています。
さらに、日本国外での日本酒造りも急速に拡大しており、北米だけでも30以上の酒蔵があり、世界中でその数が増え続けています。
ーフュージョン料理や地元の食材を活かした新しいアプローチが増えてきています。この流れの中で、日本酒ペアリングの進化についてどうお考えですか?また、印象的だった日本酒ペアリングの経験があれば教えてください。
日本酒は、シェフやソムリエ、ミクソロジストが自由に実験できるトレンドに非常にマッチする飲み物です。多くのホスピタリティ業界のプロフェッショナルは、独自の食材やドリンクを通じて自己表現をしようとしています。日本酒はすでに「食事に合う飲み物」として高い評価を得ていますが、日本酒の幅広いプロファイルやスタイルについては、まだあまり知られていないのが現状です。探求できる可能性は無限に広がっています。
最近、特に興味深かったペアリングの一つは、レストランのお客様が、白ワイン樽で熟成された日本酒を楽しまれていたときのことです。その日本酒は、シェリーのような独特の風味を持っており、そこで私たちは「日本酒で煮込んだ豚の角煮」とペアリングしました。その相性は驚くほど素晴らしく、非常に印象に残りました。
ー世界を見るとフランス料理のレストランでは日本酒の人気が高まっていますが、イタリア料理や中東料理、南米料理などではそれほど浸透していません。これらの料理とのペアリングについてどう思われますか?
私は、日本酒は地球上のどんな料理とも相性が合うと確信しています。しかし、日本酒が特に活きるのは、純粋にイタリア料理や中東料理を提供するレストランではなく、様々な要素を取り入れたメニューを持つレストランです。それは、「純粋なイタリア料理には日本酒が合わない」ということではなく、例えばお客様がイタリア料理店に行った際、料理に最適なペアリングが日本酒だったとしても、ワインリストに並ぶイタリア産のワインを選びたくなる心理が働くからです。
私自身も日本酒が大好きですが、ある特定の料理スタイルを専門とするレストランでは、その地域のワインを自然と選びたくなることがあります。そのため、日本酒がより幅広く受け入れられるには、メニューの柔軟性も重要なポイントになってくるでしょう。
ー多くのレストランはワインを中心に扱い、ソムリエやシェフの中には日本酒を導入することに慎重な方もいます。彼らが日本酒を理解し、活用するためには、どのような教育やプロモーションが効果的でしょうか?
これは、レストランのコンセプトにもよると思います。例えば、日本料理店であれば、日本酒を提供することに全く問題はないでしょう。しかし、日本酒をうまく導入する方法としては、ペアリングメニューに取り入れることが挙げられます。例えば、ワインペアリングを提供するソムリエが、日本酒も選択肢の一つとして提案する形です。
また、カクテルメニューに日本酒を取り入れるのも良い方法です。あるいは、シェフが日本の食材を使用する際に、それに合わせた小さな日本酒ペアリングを提供することで、自然に日本酒を紹介することができます。
ソムリエにとっての最大の課題は、ワインの勉強だけでも膨大な知識が必要な中で、日本酒に深く踏み込む時間を確保することです。日本酒をワインと同じように、体系的に学べる機会を作ることが、日本酒の普及につながるのではないでしょうか。
ーワインやカクテルは多彩な提供スタイルがあり、演出にも工夫が凝らされていますが、日本酒は伝統的な提供方法が主流です。日本酒をより楽しめる、新しい提供方法にはどのようなものがあるでしょうか?
日本酒をカクテルに取り入れるのは、非常に素晴らしいアイデアです!最近の傾向として、消費者はアルコール度数の低いカクテルを好む傾向があります。
日本酒は料理と合わせても美味しく、さらにミクソロジストが使用するボタニカルやリキュールとも調和する、非常に魅力的な素材です。
また、氷を加えたり、マンダリンオレンジの皮を軽く絞るといったシンプルなアレンジだけでも、日本酒の新たな魅力を引き出すことができます。こうした小さな工夫が、日本酒をより身近で洗練された飲み物へと進化させるポイントになると思います。
ーカナダにおける日本酒の未来をどう見ていますか?
カナダの日本酒市場は非常に良い方向に進んでおり、今後も成長を続けると思います。特にモントリオールのような都市では最近急成長しており、こうした動きはカナダ全土に広がっていくでしょう。最大の課題は、消費者が日本酒に簡単にアクセスできるかどうかです。州によって流通事情が異なるため、手に入りやすさに格差があるのが現状です。
ー日本の酒蔵や地域を訪れた経験から、日本文化や伝統についてどう思いますか?
日本文化や伝統こそが、私が日本に魅了され日本酒に夢中になった大きな理由のひとつです。日本文化は一つの統一されたものではなく、それぞれの地域に独自の歴史があり、それが料理や陶芸、そしてもちろん日本酒にも大きく影響を与えていいると思います。
ーマイケルさんが好む日本酒を教えてください。
私は辛口の日本酒を好みます。特に、北海道や高知の日本酒が好きですね。ただ、私もまだまだたくさんの日本酒を探求している途中です。日本には1300以上の酒蔵があるので、試してみるべき日本酒は無限にあるんです。
マイケル・トレンブレイ(Michael Tremblay)
Sake Samurai(酒サムライ)、日本酒審査員、そしてジェームズ・ビアード財団賞を受賞した書籍『Exploring the World of Japanese Craft Sake: Rice, Water, Earth』の共著者である。2019年に『Sake Scholar Course』を設立し、日本全国47都道府県の地域性を探求するプログラムを構築。現在、5か国で教えられている。Ki Modern Japanese + Barのドリンク部門のディレクターであり、ワインと日本酒の教育機関『The Beverage Lab』の共同創設者の一人でもある。