あえて日本酒で、編集長が選んだ モダン・ ガストロノミー|特集「SAKE Meets Canada 日本酒レガシー 」|食の編集部食べ歩きシリーズ
食の多様性が進む中、ペアリングの概念も変化している。イタリアンや地中海料理など、ワインが定番とされる一皿の中に、日本酒が引き立てる新たな旨味の調和を提案したい。サフランや柚子の繊細な香りが際立ち、北海道産ウニの濃厚な甘みが重なるリングイネ、発酵の技法が生きるタルタル、絶妙な火入れで仕上げたローストチキン。この三皿はそれぞれが持つ複雑な風味を、日本酒が静かに包み込み余韻を深めてくれる。
ワインとは異なる角度から生まれるマリアージュを求め、編集長が選び抜いた一皿。日本酒が洋の美食と交わることで生まれる味覚の広がり、これもまた食の醍醐味だ。
和と伊の融合
─柚子香るサフランリングイネに北海道ウニとキャビアのアクセント
洗練されたイタリアンガストロノミーを提供し、ミシュラン一つ星を獲得した実力派レストラン「DaNico Toronto」。このレストランを率いる、シェフのダニエル・コスタ氏。イタリアの伝統を重んじながらも、独自の創造性を加えた料理で食通たちを魅了している。
このリングイネは、イタリアと日本の最高級食材を融合させた極上の一皿。パスタには、イタリア・グラニャーノ地方の伝統的な製法で作られる「アフェルトラ」のリングイネを使用。表面に微細なざらつきがあり、ソースの絡みが抜群。モチっとした弾力のある食感も特徴だ
ソースには、「イタリア産サフラン」を使用し、黄金色に輝く見た目と芳醇な香りを演出。さらに、「柚子」が加えられることで、爽やかな酸味と心地よい苦みがアクセントとなり、味のバランスを引き締める。サフランの温かみのある香りと柚子の柑橘のニュアンスが、料理全体の風味を一層引き立てている。
トッピングには、濃厚でクリーミーな「北海道産ウニ」を贅沢に使用。口に入れるととろけるような食感で、パスタとソースに深みを加える。その上には、「カスピ海原産の最高級ダウレンキキャビア」が添えられ、繊細な塩味とナッツのようなコクがウニの甘みと絶妙に調和し、味の層を豊かにしている。
https://www.danicotoronto.com/
【編集長が考える日本酒とのペアリング】
旨味の多層構造
この一皿は、リングイネの弾力、サフランの芳香、柚子の爽やかさ、ウニの濃厚な甘み、キャビアの奥深い塩味が織りなす、多層的な味わいが魅力。私が考える日本酒の魅力は「旨味の調和」と「繊細な風味の引き立て」だ。山廃の純米大吟醸のような、まろやかでコクのある酒なら、ウニとキャビアのリッチな風味と一体化し、より深い余韻を楽しめるはず。ウニの濃厚な旨味を爽やかに引き立てる「華やかでフルーティーなタイプの純米大吟醸」も相性がいいと思う。または、リングイネの食感を意識し「スパークリング日本酒」を合わせれば、濃厚なウニやキャビアの舌触りを軽やかに整え、心地よい飲み口を楽しめるかもしれない。
洋と和の重なり
─シンプルを極めたローストチキンの旨味
地中海沿岸の伝統的な調理法を基盤にしながらも、トロントの豊かな食文化を反映させた独自のアプローチを取り入れている。シーフードやグリル料理、手打ちパスタなど、地中海のエッセンスが織りなす洗練されたダイニングが体験できる。
シンプルながらも食材の魅力を極限まで引き出した「ローストチキン」。素材はカナダ・ケベック州産のGiannone Chickenだ。独自の保存方法により、余分な水分を抑え、旨味と弾力のある肉質を実現しているという。
「ブラウンバター、味噌、ガーリック、ハーブ」をブレンドした特製マリネを使用し、コクのある深い味わいに仕上げている。火入れは徹底した温度管理のもと、低温スチームとローストを組み合わせた4段階の調理法を採用。まず96度で12分、次に85度で8分、79度で8分と温度を下げながらじっくりと火を通し、最後に232度で10分の高温ローストで表面を香ばしく仕上げる。皮はパリッと、肉はジューシーでしっとりとした絶妙な食感を味わえる。
仕上げには、炭火でグリルしたジングルベルペッパー、シポリーニオニオン、ピクルスフェンネルを添え、甘みと酸味のバランスが整う。さらに玉ねぎ、セロリ、ニンジンをベースとしたソース「ホワイトミルポワ」、スパイス、チャイブを加えた鶏の旨味を凝縮した濃厚なソース「チキンジュ」を贅沢にかけ、深みのある味わいを演出。
https://www.abrielle.ca/
【編集長が考える日本酒とのペアリング】
奥深い旨味のレイヤー
この一皿は、チキンの芳醇な旨味、味噌とブラウンバターのコク、チキンジュの奥深い風味、炭火野菜の甘みと酸味が複雑に絡み合い、食べ進めるごとに異なる表情を見せる。
私が考える日本酒の魅力は「コクの調和」と「後味の余韻」だ。「樽熟成の純米吟醸」のような、軽やかなウッディな香りとまろやかな口当たりを持つ酒なら、ブラウンバターのリッチな風味と深く溶け合い、チキンの旨味をより引き立てるだろう。さらに、ローストの香ばしさを際立たせる「熟成した生酛の辛口純米」も相性が良い。または、熟成を重ねた「古酒」のような、カラメルやナッツの香りをまとった深みのある酒なら、味噌のコクとバターのリッチさと調和し、より重厚で奥行きのある味わいを生み出すだろう。
中東と和の融合
─麹香るビンナガマグロのキッベタルトにキャビアとローズの余韻
2024年にミシュランガイドに掲載され、同年にExceptional Cocktails Awardを受賞した地中海料理の新たなスタンダードを打ち立てるレストラン。地中海の力強い風味とカナダの旬の食材が融合した一皿のほか、伝統的な地中海料理に日本や北欧の食材を巧みに組み合わせている。また、料理の技法に発酵や柑橘のアクセントを取り入れたアプローチが魅力的。
この「Albacore Tuna Kibbeh Tart」は、伝統的な中東料理キッベ(Kibbeh)を現代的にアレンジし、世界各地の高級食材と技法を融合させている。料理は見た目の美しさだけでなく、食材の持つ風味や食感が巧みに組み合わされ、繊細なバランスを生み出す。上質な「ビンナガマグロのタルタル」を主役に、発酵の旨味とフルーティーな酸味を持つ「麹米とリンゴンベリーのビネグレット」が加えられ、ツナのナチュラルな甘みを引き立てている。
タルタルの土台には、極薄でクリスピーな「ブリック生地のタルト」を使用。サクサクとした食感がタルタルのなめらかさと対比を生み、全体に心地よいコントラストを与える。さらに、「ブルガー小麦」をドライクランベリーとトーストした「松の実」とともに炊き上げたものが敷かれ、穀物の風味とナッツの香ばしさ、甘酸っぱいアクセントが加えられている。
トッピングには、コクと洗練された塩味を持つ「オシェトラキャビア」を贅沢に使用。ツナの甘みとのコントラストが際立ち、料理全体のバランスを完成させている。そして、最後に添えられた「アイスプラント」は、プチプチとした独特の食感と自然な塩味が特徴。これを「ローズウォーター」で香りづけすることで、料理に華やかな余韻と上品なアクセントを加えている。
【編集長が考える日本酒とのペアリング】
シンプルながらも複雑な風味の構成
この一皿は、ツナタルタルのなめらかさ、麹とリンゴンベリーの奥深い発酵の旨味、キャビアの塩味、アイスプラントのシャキッとした食感、ローズウォーターの華やかな香りが織りなす、多層的な味わいが魅力。
私が考える日本酒の魅力は「奥行きのある旨味」と「香りの余韻」だ。「生酛の純米酒」のような、ミネラル感と旨味の厚みを持つ酒なら、ツナのタルタルとキャビアのコクを深め、穀物の香ばしさとも調和するだろう。リンゴンベリーの酸味を引き立てる「熟成感のある山廃純米」も興味深い。さらに、発酵由来のニュアンスに寄り添う「貴醸酒」を合わせることで、料理全体の甘みと塩味のバランスがより引き立ち、長い余韻を楽しめるはずだ。