【日本貿易振興機構(ジェトロ・トロント)の山田あゆみ次長に聞く】「カナダで広がる日本酒の魅力「Sake Month」で市場拡大と認知向上を推進|特集「SAKE Meets Canada 日本酒レガシー 」
カナダでは日本食人気の高まりに伴い、日本酒への関心が急速に拡大している。オンタリオ州では、日本産酒類の輸入額も日本酒の輸入量も増加・成長している。一方で市場のポテンシャルは高いものの、アルコールの流通規制により」「LCBO」によって一元管理されており、消費者が多様な銘柄を選べる環境にはない。
こうした課題を解決し、日本酒のさらなる浸透を図るため、ジェトロは「LCBO」や「Sake Institute of Ontario(SIO)」と連携し、2月を「Sake Month」と定めた大規模プロモーションを実施。「LCBO」店舗での特設販売コーナー設置やテイスティングイベント、大使館や「Eaton Centre」での試飲会、日本文化と融合した体験型イベントなど、多角的なアプローチで日本酒の魅力を発信した。
さらに、北米全体で日本酒ファンを増やす取り組みとして、SNSを活用した「#SupportSAKEプロジェクト」を展開。オンラインとオフライン双方から、日本酒の伝統と多様性を伝え、次世代につなぐ活動を推進していく。今後も北米市場の開拓を進め、日本酒の浸透を加速させることが期待される。
カナダで高まる日本酒人気と「LCBO」が管理する日本酒の流通と購入の課題
ー今回のプロモーション実施の背景と目的を教えてください。
カナダでは日本食の人気の高まりから日本酒への注目も高まっており、オンタリオ州ではウィスキーや日本酒など200を超える日本産酒類が販売され、輸入額は過去10年間で約4倍に増えるなど、消費は拡大しています。日本酒の輸入量は増加傾向にあり、貿易統計では5年前の2020年と比較すると、2024年は約1.2倍増加しており、今後も市場拡大の余地が大いにあるものと考えられます。
日本酒ファンの中には、レストランだけでなく自宅でも日本酒をもっと楽しみたいという声がありますが、カナダでは各州がアルコールの流通・販売を規制しているため、事情は少し複雑です。オンタリオ州ではオンタリオ州酒類管理委員会の「LCBO」が日本酒の輸入量・取り扱い銘柄・流通を全てコントロールしており、消費者が日本酒を小売店で購入するには基本的に「LCBO」の店舗を通じて購入する必要あります。現状のところ、日本酒を含む東アジアのお酒を豊富に取りそろえる「Eastern Asia Destination Collection」に指定される店舗は3つしかなく、そのほかの店舗では日本酒の取り扱いは限定的であるため、消費者がたくさんの銘柄の中から日本酒を選んで購入したり、飲み比べを楽しむという状況にはありません。「LCBO」としても販売増加が見込めない限り、日本酒の輸入量・銘柄数を大きく増やすことが難しいというジレンマがありそうです。
「Sake Month」で日本酒の認知拡大を推進
そうした状況を改善するには、消費者の日本酒への認知・関心を高めるとともに、日本酒カテゴリーのポテンシャルの高さを「LCBO」に実感してもらうことが必要だと考えます。そのためジェトロは、「LCBO」及びオンタリオ州の「日本酒インポートエージェント団体(Sake Institute of Ontario(SIO))」と連携して、2月2日~3月1日の期間を「Sake Month」と定め、日本酒のオンタリオ州内での認知度向上、消費拡大を狙ったプロモーションを行いました。「LCBO」の調達担当と相談し、「Sake Month」でのプロモーション対象となる9銘柄の日本酒を選定。「LCBO」のWEBサイト、複数の店舗でプロモーションを行ったほか、「Sake Month」期間中は、在カナダ日本国大使館、在トロント日本総領事館、国際交流基金、日本政府観光局(JNTO)に協力いただき、様々なイベントを実施しました。
日本酒の魅力を広める多彩なプロモーション施策
ー多岐にわたってさまざまなプロモーションが行われました。具体的なコンセプトと実施内容、反応などを教えてください。
「LCBO」とのタイアップ
「LCBO」12店舗での特設日本酒コーナーを設置するとともに、期間中店舗で16回の店内テイスティングイベントを実施しました。「LCBO」のWEBサイトでも特設日本酒ページの作成、「LCBO」メールマガジンのターゲットメール配信など、店舗とオンラインの両面から、9銘柄の日本酒のプロモーションを行いました。試飲後に気に入って購入された方が多くみられました。
大使館でのテイスティングイベント:Exclusive Masterclass Sake Tasting Event
2月3日にレストランやソムリエ等を対象としたテイスティングイベントを在カナダ日本国大使館・ジェトロの共催で実施し、会場となった大使館には、当日大雪にも関わらず84名に参加いただきました。山野内勘二大使が冒頭挨拶を行い、酒サムライ*の称号を持つマイケル・トレンブレー氏が講師を務め、参加者は「Sake Month」の対象銘柄をテイスティング。参加者は非常に熱心に受講され、講演終了後もマイケル氏やSIOに加盟するエージェントに積極的に交流し、レストラン業界関係者の日本酒への関心の高さが伺えました。
*「酒サムライ」は、日本酒及び日本酒文化の歴史と素晴らしさを様々な活動を通じて国内外に広めることを目的として日本酒造青年協議会が授与する称号。現在までに任命された「酒サムライ」は、世界中に約100人。
「Eaton Centre」でのイベント:Next Stop Japan Raising a glass to Sake
2月7日、8日にダウンタウントロント最大のショッピングモール「Eaton Centre」で、今まで日本酒をよく知らなかった層にリーチするためのテイスティングイベントを開催しました。このイベントは国際交流基金、JNTO、在トロント日本国総領事館、Sake Institute Ontario(SIO)が共催となり、日本酒のほかにも来場者への日本文化や観光情報等の発信も行いました。会場では酒サムライによる日本酒レクチャーや三味線や歌、金継のステージパフォーマンスのほか、JETROが今年度連携する日本産の商品を扱うECストア(IPPINKA(雑貨)、Azumatei(食品)のポップアップも行われました。
参加者からは、「日本酒の存在は認知していたが、種類や銘柄は初めて知った」や「今回日本酒を初めて飲んだが、すごく美味しかった」「日本酒は日本食レストランで飲んだことがあるが知らないことが多く、今日はとても勉強になった」などの声が多く聞かれ、2日間で約2700人が日本酒を楽しみました。
国際交流基金でのイベント:Sake Seminar and Tasting
2月7日の夜にSIOが主催、ジェトロ、国際交流基金、JNTO、在トロント日本国総領事館が協力し、日本酒に一定程度の関心がある一般消費者を対象に、日本酒への理解を高めることを目的としたテイスティングイベントを開催しました。参加者は約60人で、有料にも関わらずチケット販売開始数日で完売となりました。
参加者は酒サムライによる日本酒レクチャーや、JNTOによる日本の酒蔵に関する観光セミナーを受講しました。その後イベントホールでレセプションが開催され、SIO加盟エージェントによる日本酒サンプルの提供があり、参加者は各エージェントと交流しながら9銘柄を中心とした日本酒のテイスティングを楽しみ、日本酒への理解を深めていました。ホールではホストとなった国際交流基金が様々な日本の酒器の展示を行いました。参加者からは、日本酒のみならず日本文化・観光についても理解が深まったというコメントがありました。
前述のほかにも、在トロント日本国総領事館の協力により、Sake Month期間中に総領事公邸や天皇誕生日祝賀レセプションにおいて州内のメディアやインフルエンサー、政府間関係者・有力者への日本の伝統的酒造りと和食の紹介に加えて、「Sake Month」に関する広報や9銘柄の試飲・プロモーションを複数回実施しています。
ープロモーションを振り返っての統括をお願いします。
すべてのイベントにおいて、当初の予想を大きく上回る来場者・反響がありました。特に「Eaton Centre」のイベントでは、日本製品のポップアップストアや日本文化の紹介も来場者を引きつけ、日本酒への興味を高めるシナジーを発揮し、普段日本酒になじみがない層にもリーチすることができたと感じています。参加者とお話した限り、日本酒の存在は認知しているが購入したことはないという方が大多数であったと感じましたが、潜在的な購入層へのアプローチとして、このようなイベントは日本酒を知る大事なきっかけを作れたと思います。
「LCBO」でのプロモーション結果これからですが、数々のイベントで「LCBO」のWEBサイトに設置した日本酒特設サイトのQRコードを参加者に配布し、店頭プロモーションだけでなく、eコマースサイトへのアクセスを積極的に促進しました。「LCBO」サイトを介した販売増加も期待が持てます。
中長期的には、このプロモーションがきかっけとなり、日本酒の認知度向上と、「LCBO」で取り扱う日本酒銘柄及び量の増加を期待しています。
「#SupportSAKEプロジェクト」「酒蔵ツアー」
北米と日本をつなぐ、日本酒ファンコミュニティーの拡大へ
ー今後取り組んでいきたい施策や予定している企画はありますか?
ジェトロにおいて、北米ワイドでインスタグラムを活用した日本酒のファンコミュニティー事業「#SupportSAKEプロジェクト」を紹介したいと思います。
ジェトロは、北米における本コミュニティーを通じて日本の酒造りの伝統と多様性を次の世代につないでいくことを目指して、同プロジェクトを2023年度からスタートさせました。酒をつくる人、届ける人、飲む人、応援する人など、日本酒に関わるすべての人が、インスタグラムのフォトキャンペーンやファン交流試飲会等のイベントを通じて、さまざまな形で日本酒を楽しみ、それをハッシュタグ(#SupportSAKE)で共有することで、ファンの相互交流を促進し、北米で日本酒を想起し、楽しむ機会を増やすことを目指す取り組みです。
実は「Eaton Centre」でのイベント中も立て看板にて本プロジェクトを周知し、フォローをしてくださった方に対して抽選でギフトが当たるキャンペーンなども実施していました。
今年度は、北米でのイベント以外にも、日本での酒造ツアーも実施しており、今後も引き続き北米での日本酒ファンのコミュニティーを広げていきたいと思います。
ー海外においてジェトロでは「日本酒」というコンテンツがどのように日本に価値を生んでいると考えていますか?
「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、世界的にも「日本酒」というコンテンツは注目度も高くなっています。訪日外国人も増えており、帰国後日本で楽しんだお酒を飲みたいという要望も増えており輸出の拡大に貢献しています。日本酒だけでなく、日本酒を通じて日本食、日本の製品にも興味をもってもらうコンテンツとして有効だと考えています。