南部美人五代目蔵元 久慈浩介さんインタビュー酒蔵の叡智が導く、熟成の美学「南部美人の世界観を体現したジャパニーズウィスキー」|メイドインジャパンでカナダを攻めろ!|特集「SAKE Meets Canada 日本酒レガシー 」
1902年に創業した南部美人は、代々久慈家が酒造りを担い、初代が残した家訓「品質一筋」を120年以上守り続けて岩手県二戸市で日本酒を造り続けてきた。そんな日本酒造りの伝統を誇る南部美人が、新たな挑戦としてウィスキー造りに乗り出した。コロナ禍で手がけたクラフトジンやクラフトウォッカを通じて蒸留の奥深さを知り、より熟成という概念を追求すべくウィスキーに挑む決断を下した。目指すのは、単なるウィスキーの製造ではなく、日本酒の世界観を体現した「ジャパニーズウィスキー」。そのために、国産モルトを厳選し、仕込み水には「折爪馬仙峡伏流水」を採用。日本酒酵母とウィスキー酵母を組み合わせた独自の発酵プロセスを用い、日本酒の貯蔵庫を活用した熟成を施している。
さらに、世界初となる漆の木の樽による熟成にも挑戦。岩手の厳しい寒冷な気候が、ウィスキーの熟成をじっくりと促し、唯一無二の味わいを生み出すよう期待を寄せる。
日本産モルト×折爪馬仙峡伏流水×日本酒酵母×漆の木の樽が生む、唯一無二のウィスキー
ー南部美人は日本酒造りの伝統を大切にされてきましたが、ウィスキー造りに挑戦する決意をしたきっかけは何でしょうか?
コロナの中で南部美人としてはじめて挑戦した蒸留酒であるクラフトジン、クラフトウォッカを経験し、日本酒の「醸造」とは違う「蒸留」の大いなる魅力を発見しました。ジンやウォッカは蒸留してすぐに出荷しますが、以前から非常に興味があった「蒸留酒の熟成」という分野をやるためには、スピリッツ類ではなく、王道のウィスキーに挑戦しようと決断しました。
ー日本酒造りで培ってきた技術や哲学は、ウィスキー造りにどのように活かされるとお考えですか?
今回の南部美人のクラフトウィスキーのテーマは「日本酒の世界観を表現するジャパニーズウィスキー」です。日本酒の蔵元がやるウィスキーなら、日本酒の世界観や価値観を入れてやりたいと考えています。
また日本酒の世界観で造らなければ、日本酒の蔵元がウィスキーをやる「意味や意義」が無いと考えています。それだけ、南部美人のジャパニーズウィスキーには日本酒の世界観が必要になります。
ー「南部美人らしいウィスキー」とは、どんな味わい・香り・余韻を持つものなのでしょうか?また、それを実現するためにどのような工夫をされていますか?
日本酒の世界観の中でも、やはり原材料の日本産というのはとても大切です。日本酒は原材料の米が外国産だと日本酒とは言えません。一方で、ウィスキーは基本的に原材料のモルトにおいて日本産を使うところが少ないのが現状です。
そこで、私たちは製造量も少なく、「プレミアム・ジャパニーズウィスキー」のジャンルでしか戦えないことから、原材料のモルトを日本産に、そして岩手県を含む東北産にこだわりました。
また、水も大切で南部美人の仕込み水である、「折爪馬仙峡伏流水」を日本酒と同じように使用しています。南部美人の仕込み水の源泉は二戸市の折爪岳になります。
折爪岳はヒメホタルの大群生地です。蛍は水の綺麗な場所にしか住みません。100万匹を超えるヒメボタルの群生地を水源とする南部美人の仕込み水は日本でも最高にきれいな水となります。
さらに発酵には日本酒の酵母、しかも南部美人のオリジナル酵母を使用します。ただ、日本酒の酵母だけではその性質上、モルトの発酵が科学的にうまくいかないので、ウィスキー用の酵母とハイブリットで使用しています。
樽での熟成は、もともと日本酒を貯蔵していた昔からの蔵を使用しています。直前まで日本酒の貯蔵庫だった蔵で今はウィスキーが樽で熟成しています。
そして岩手県二戸市でしか実現できない日本一の生産量を誇る「漆」の木を使い、現在は貯蔵樽として世界で初めて製造に取り掛かっています。まだ完成していませんが、漆の木の樽で熟成が出来るようであれば、これは岩手・二戸市でしか出来ないウィスキーに近づくと思っています。
ーウィスキーの樽選びにおいて、どのような種類の樽を使用し、どのような熟成を狙っていますか?
現在はバーボン樽をメインに、シェリー樽、ミズナラの樽、栗の樽、そして前述のとおり世界初の漆の木の樽も作成に挑戦中です。
ー日本酒文化と融合するアイデアはありますか?
ウィスキーは外国の酒文化ですが、それを日本でそのまま大切に製造しているのがサントリー等だと思っています。
私たちは日本酒の蔵元ですので、日本酒の蔵元の千数百年培ってきた伝統の心や技術を何とかしてウィスキーに表現していきたいと思っています。
それは世界基準とは少し違うかもしれませんが、日本酒の蔵元の考える「ジャパニーズウィスキー」を目指します。食事も日本食と一緒に飲んで美味しいウィスキーになれば嬉しいです。
ーウィスキー造りにおいて、日本酒とは異なる「難しさ」や「新たな発見」があれば教えてください。
難しさはやはり「樽での熟成が樽の個性によって全く違ってくる」というところだと思います。樽の個性が本当に良く出ます。これをブレンドして均一化して同じような品質にして出すのは本当に難しいことでしょう。
南部美人ではそういった味の均一化をするのではなく、シングルモルト、シングルカスクの良さを最大限に行かせるように商品をつくろうと考えています。
また、岩手は寒く、熟成のスピードも西日本と比べたら遅いです。そういった意味ではゆっくりとじっくりと時間をかけて成長していく価値を出していきたいとも思います。
新しい発見は、やはりジンやウォッカと違い、熟成による表現が多岐にわたり、本当に個性的なお酒になってくことです。
日本酒もなかなか超個性的なものに同じ仕込みのものをしていくのは難しく、そういった意味では「個性の重要さ」を新たな発見と考えています。
醸造と蒸留の枠を超えて、南部美人が紡ぐ日本酒とウィスキーの新たな物語
ー近年、日本産ウィスキーの評価が高まっていますが、久慈社長は南部美人のウィスキーをどのような立ち位置にしていきたいと考えていますか?
南部美人のウィスキーは量をたくさん作りません。そういった意味では通常のウィスキーマーケットに並ぶようなものには物理的にならないと思っています。また樽での販売も計画しております。プレミアム市場と樽での販売の2本柱になると思います。
ー日本酒とウィスキー、二つの異なる酒を手掛けることで、「南部美人」というブランドにどのような進化をもたらしたいと考えていますか?
どちらもお酒であり、どちらもジャパニーズSAKE、ジャパニーズウィスキーとなるので、日本を表現できるものにしていきたいです。
醸造酒と蒸留酒は違うものなのですが、ブランド「南部美人」としては日本酒だけではなく、ウィスキーもブランドを選ぶ手段の1つになれば、今まで日本酒を知らない世界の人でウィスキーはよく知っている人へのアプローチになりますので、違う世界のお客様にブランド「南部美人」が届いていく可能性になります。
また、ウィスキー「南部美人」を知った人が、日本酒「南部美人」を新たに飲んでもらえれば、それは最高にうれしいです。そういう流れも作っていきたいと思っています。
ーカナダでも日本酒の人気も高まっていますが、日本酒とウィスキーの両方を手掛ける南部美人として、カナダの消費者にどのような楽しみ方を提案したいですか?
カナダの皆さんには是非日本酒南部美人とウィスキー南部美人を比べて一緒に飲んでみてほしいです。食事中には日本酒「南部美人」、そして食後にはウィスキー「南部美人」をロックで飲んでもらえるような形をつくれたら最高です。
また、レストランでも日本酒「南部美人」を置く店がウィスキー「南部美人」も置いていただくことで、さらに日本の伝統文化を感じてもらうきっかけになればと思っています。