トロント国際映画祭50周年日本映画に熱視線 – 広瀬すず・松下洸平も舞台に|TIFF2025ダイジェスト第一弾 – 2025/9/4(木)~9/14(日)
今年も11日間にわたりトロント国際映画祭(TIFF)が開催された。50周年となった今年は、世界各国から292本の作品が選出され、日本からもSpecial Presentations部門4作品を含む9作品が上映されるなど、盛況となった。
大好評の 『レンタル・ファミリー』 ワールドプレミア

TIFFでワールドプレミアとなったHIKARI監督の『レンタル・ファミリー』は、東京を舞台に、アカデミー賞俳優のブレンダン・フレイザーが主演する日米合作映画。冠婚葬祭の列席者派遣や謝罪代行などを行う日本のレンタルファミリー会社に、ブレンダン・フレイザー演じる東京暮らしの米国人俳優が雇われ、さまざまな顧客の求める役割を演じることになる物語。
最初は、日常生活の中での演技で嘘をつくことに抵抗を示していたものの、役割を演じることで関わる相手や、レンタルファミリー会社の同僚との間に、次第に心の交流が生まれていく。その様子は、終始コミカルに描かれながら、ときにスリリング。物語が進むにつれ、どんどん心を動かされていく。TIFF開幕前から期待の高かった本作は、その期待に違わず素晴らしかった。

上映後は、観客の熱い思いがあふれる割れんばかりの拍手の中、HIKARI監督とブレンダン・フレイザーが登壇。レンタルファミリー産業について質問されたHIKARI監督は、欧米圏では奇妙に思えるものだが、日本ではガールフレンドのレンタルをはじめとして1980年代から存在すること、古くは1600年代の江戸時代から、歌舞伎の舞台でサクラの観客を雇うビジネスがあったことなどを紹介。主人公の役柄については、自身が17歳で米国に留学したときにアジア人が自分ひとりだけという環境で過ごした経験を、東京で米国人がひとりきり、という物語にして描いたと説明。ブレンダン・フレイザーの配役については、『ザ・ホエール』を観に行ったときに、「フィリップ役を見つけた」と思ったと話していた。
主演の広瀬すずと松下洸平が石川慶監督とともに舞台挨拶に登壇した『遠い山なみの光』

TIFF開幕直後に日本でも劇場公開された石川慶監督の『遠い山なみの光』の上映では、2回目の上映前後に、主演の広瀬すずと松下洸平が石川監督とともに登壇した。




カズオ・イシグロのデビュー小説を、なぜ今映画化したのか、との質問に対しては石川監督から、「彼の小説の大ファンで以前から映画化したいと思っていたが、戦後80年を迎え、直接話を聞くことができる戦争体験者が年々減っている今、映画化する時期だと思った」と回答。配役についての質問には、広瀬すずに対しては、「是枝監督作品の演技でもわかるように、この世代で一番優れた女優で、本作には彼女の演技がぜひとも必要だった」と話し、松下洸平に対しては、「小説よりも深みを持たせた、出征して傷つき戻ってきて壊滅状態の長崎で妻と暮らす役柄を演じることができる最高の役者」だと話していた。

石川監督との映画作りについて尋ねられた広瀬すずは、「石川監督から、僕の中では大きな挑戦をする作品です、というお手紙をいただいて、台本を読んでみると、その奥にある被爆した女性の叫びみたいなものを表現するのが難しい台本だなと感じました。でも現場では、とても穏やかで優しく、言語化するのが難しいお芝居のニュアンスや方向性を、とても素直に言葉にしてくださる演出で、毎日寄り添ってくださる心強い監督だなと思っていました」と回答。

松下洸平は、「石川監督は、役に対してすごく丁寧に向き合ってくださいました。このキャラクターは家の中でどこに座るべきなのか、セットの窓の外のグリーンバックにどんな景色が見えるのか、など、繊細で力強いディレクションをしてくださいました。役作りでは、戦争で負った傷をどう忘れようとするのか、戦争に行かず軍国主義を引きずる父親との差をどう表現するのかを、石川監督と話し合いました」と答えていた。
日本国内でも話題の『国宝』

日本国内でロングランとなり、観客動員数1千万人を突破する破竹の勢いの『国宝』が、ロイヤルアレキサンドラ劇場で北米プレミアとなった。

上映終了後には、舞台挨拶に登壇した李相日監督がスタンディングオベーションで出迎えられていた。
細田守監督の最新アニメ映画
『果てしなきスカーレット』

TIFF直前のヴェネチア国際映画祭でワールドプレミアとなった細田守監督の最新アニメーション作品『果てしなきスカーレット』がTIFFでも上映された。

王である父を叔父に殺された王女スカーレットが、父の敵討ちに敗れ、死者の世界に送られるも、そこで出会った看護師の青年とともに旅を続けながら、敵討ちを果たそうとする物語。


上映前後の舞台挨拶には細田監督が登壇。司会者から本作の制作のきっかけを聞かれ、「復讐はどのように連鎖するのか、復讐の物語を作りたいと思ったときに、『ハムレット』が復讐の元祖と言われているなと考え、『ハムレット』をベースに、現代だったらどのような物語がありうるだろうかと考えた」と回答。素晴らしい声優陣についての質問には、「主演の芦田愛菜さん以外は、過去に『ハムレット』に関わった経験があるため、お芝居が伝わるのでは」と答えていた。




ミッドナイト・マッドネスを賑わせたストップモーション作品 『JUNK WORLD』

日本で2021年に劇場公開されて話題になった『JUNK HEAD』の続編で、日本では6月に劇場公開された『JUNK WORLD』が、ミッドナイト・マッドネス部門で上映された。
地上が荒廃して人類は地下世界で暮らし、労働力として開発された人工生命体マリガンが人類に反乱を起こした末に、停戦状態が続いている近未来。地下世界の異変を機に、人類とマリガンの共同調査チームが派遣される、という物語。

上映前後の舞台挨拶には、堀貴秀監督が登壇した。なぜ『JUNK HEAD』の何千年も前の話にしたのか、との質問には、「『JUNK HEAD』が出資会社からつまらないと言われ、4年間お蔵入りになりました。その間に新しいものを作ろうとしたとき、続きだとつながらなくなるので、思いきって前の時代の話にしようと思いました」と説明。いくつかの場面を繰り返す構成を採用した理由については、「一番の理由は、時間を繰り返すことで、少ない予算で効果的にセットを使いまわせること」と答え、男性器のように見える造形デザインについては、「あれが男性器に見える人は、心が汚れている人です」と回答し、爆笑が起こっていた。
アカデミー賞の有力候補となりうる観客賞受賞作『ハムネット』

主演のジェシー・バックリーとポール・メスカルが素晴らしく、2人が惹かれ合い、子を授かり、その子を喪う悲痛さが描かれる物語に、どんどん引き込まれていく。特にジェシー・バックリーは、2017年にTIFFのプラットフォーム部門で上映された『Beast』を観たときに、陰のある表情の中に激情を秘めたたたずまいに、「なんだこの人は」と目が離せなくなったことが思い出される熱演だった。

クロエ・ジャオ監督は、前作『ノマドランド』に続く2作品連続の観客賞受賞となった。なお、『ハムネット』は東京国際映画祭のクロージング作品として上映されることが、TIFF閉幕後に発表されている。
新設された国際観客賞
今年、TIFF観客賞のひとつとして、新たに国際観客賞(People’s Choice International Award)が創設された。その栄えある受賞作は、イ・ビョンホンが主演するパク・チャヌク監督の『No Other Choice』だった。TIFF会期中に上映回の追加が発表されるほどの人気で、追加された上映回のチケットも完売になっていた。
国際観客賞の次点は、カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリを受賞したヨアキム・トリアー監督の『Sentimental Value』だった。かつての名映画監督で、2人の娘との間にわだかまりを持つ父を演じたステラン・スカルスガルドの名演と、娘たちとの関係と自伝的な映画の制作がどうなっていくのか、登場人物の互いの関係を緊張感たっぷりに見せてくれるところが素晴らしかった。
国際観客賞の次々点は、ニーラジ・ゲイワン監督の『Homebound』だった。マーティン・スコセッシが製作を務め、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でも上映されたインド映画。この監督の作品は日本未公開のようなので、今後の劇場公開が期待される。
People’s Choice International Award
1.『No Other Choice』

People’s Choice International Award
2.『Sentimental Value』

People’s Choice International Award
3.『Homebound』

今年も勝手に個人的観客賞 『Tuner』

TIFFの観客賞とは何も関係ないけれど、今年も私がTIFFで30本以上観た作品の中で一番好きな作品を勝手に紹介しておく。今年一番のお気に入りはダニエル・ロアー監督の『Tuner』で、今年も勝手に個人的観客賞ってことにした。
微細な音を聞き分ける才能を持つと同時に、聴覚過敏で日常生活ではイヤーマフをして過ごしているピアノ調律師の青年を演じるのがレオ・ウッドール。彼の年老いた師匠を演じるのがダスティン・ホフマン。その過敏さゆえに演奏者の道を諦めるも、腕利きのピアノ調律師として客先を回っていたら、ひょんなことから危ない連中にその才能を重宝されるようになり、トラブルに巻き込まれていく、という物語。
細かな音を聞き分けられる反面、日常の何気ない騒音にいつも悩まされる様子が、映画の音を通じて体感できる。日常が少しずつスリリングに変わっていく様子が、音とともに丁寧に描かれ、いびつな特性に悩みながら成長していく若者の物語として、とても面白かった。
50周年の賑わい
50周年の今年、過去の映画祭の写真がメトロホール内に展示され、TIFF Lightbox内に第1回の映画祭のポスターやプログラムが展示されていたほか、第1回の映画祭の復刻デザインTシャツが販売されており、TIFFのこれまでの歴史を感じる賑わいとなった。

来年からは、いよいよマーケット機能が正式に発足するが、来年以降も一般観客第一の映画祭が続いていくことを願っている。



























