【第50回トロント国際映画祭インタビュー】口笛の世界大会の模様を追った ドキュメンタリー映画『Whistle』口笛奏者・武田裕煕さん|トロント国際映画祭|特集インタビュー

今年のトロント国際映画祭(TIFF)では、ミッドナイト・マッドネス部門でストップモーションアニメ映画『JUNK WORLD』が上映された。北米プレミアとなった真夜中の上映が大盛況に終わった翌日、堀監督にお話を伺った。
今年のトロント国際映画祭(TIFF)では、ドキュメンタリー部門の「TIFF Docs」で、口笛の世界大会の模様を追ったドキュメンタリー『Whistle』が上映された。本作では、世界各国のさまざまなバックグラウンドを持つ口笛奏者の普段の練習風景から、世界大会に集結して口笛の腕前を競いつつ互いに交流を深める様子まで、世界大会の主催者と口笛奏者にスポットを当てて描かれている。その中で、口笛奏者のひとりとして出演している武田裕煕さんに、『Whistle』の制作の経緯や口笛奏者として思いを伺った。
ドキュメンタリー映画『Whistle』制作の経緯

―今回、この映画がどのように始まったのか、制作の経緯を教えてください。
クリストファー・ネリウス監督が、こんなテーマをやろうって言ったときに、ソングバードスタジオっていう映画制作会社の社内で、企画会議があったみたいなんですね。それで企画が始まり、口笛の世界大会を主催しているキャロル・アン・カウフマンというカリフォルニアのロサンゼルスに住んでいる人に連絡が行きました。取材する際に何人かメインとなる人を選びたいということで、スポットを当てる何人かの候補をキャロルが出したうちの一人に私が入っていたんです。キャロルと私は2008年から知り合いなので。
―大会の主催者が、みなさんを束ねている感じでしょうか。
そうですね。もともとずっとノースカロライナの田舎のルイスバーグで大会が開催されていたんです。そこの出場者たちはすごくつながりが深くて、その大会がなくなった後に彼女が、名前は変えたもののその精神を引き継ぎ、今カリフォルニアで大会をやっています。
口笛奏者になるまでの経緯

―もともと、どのようにして口笛奏者になったのでしょうか。
口笛自体は小学校の頃から吹けるようになったんですけど、中学校のときに親の都合でオランダに行ったとき、しばらく学校が見つからず、自宅で留守番をしていたんです。それがあまりにも暇で、口笛がうまくならないかなとウェブで調べて、吹き始めました。
もともと音楽はクラシックのピアノを習っていて、オランダで口笛を始めたのが中学校3年生のときでした。翌年に日本へ戻ってテレビを見ていたら、口笛の国際大会の子どもの部門で優勝した人がTBSの『学校へ行こう!』っていう番組に出ていたんです。その人が3オクターブ吹けると言うので、すごいなと思ってテレビの前でやってみたら自分もできて、「これワンチャンあるんじゃね?」みたいになって。ちょうどその翌年に国際大会が初めて日本に来たので見に行ったりして、自分も出たいなと思って練習するようになりました。初めて大会に出たのは2010年ですね。
口笛の世界大会について

―2009年に練習して、世界大会には2010年から出ているということでしょうか。
そうですね。第4回日本オープン口笛音楽コンクールという大会だったんですけど、予選が2009年だったので、正確にはそこが初めて出た大会です。その翌年に決勝大会があって、同じ年に世界大会がありました。そのときは中国に行きました。
―人数はどれくらい出てくるのでしょうか。
ひとつの大会で50人から100人くらいですかね。みんなが毎年大会に出るわけじゃないです。日本中でピアノを習っている人って何十万といる一方で、ピアノのコンクールに出る人ってそんなにいないわけじゃないですか。口笛も同じことだと思います。
―オリンピックだと、出場する人は引退するまで挑戦し続ける感じですけど、口笛の世界大会では、今年はこの人が出てこないな、という感じなのでしょうか。
そうですね。なぜかというと自費だというのがすごく大きくて。渡航費、宿泊費、参加費、全部自費なんですよ。スポンサーがついていないので。行きたくて、経済的にも仕事的にも行ける余裕のある人が出てきます。だから数年に1回しか来ない人もいるし、1回だけ出て楽しかったと満足してやめちゃう人もいます。
口笛と言語習得の関係

―経歴を見ているとすごく不思議で、音楽的なところと、あと何か国語も喋れるところと、どういうつながりがあるのかなとすごく興味があります。
つながりがあるかないかって言うと難しいですけど、言語と音楽ってどっちも音だよなと思います。あと口笛に関しても、口の中の筋肉をいかに上手に繊細に使うかということなんです。それって、いろんな言語の発音をやるのと共通する部分が大きくて、言語学的な発音の知識が口笛に役立ったり、逆に口笛の技術が発音に役立ったりということはあります。
―5か国語を話すそうですが、いつ頃からどんなふうに覚えていったのでしょうか。もともと母国語は日本語でしょうか。
母国語は日本語ですね。実は、1999年か2000年頃に、母が1年間研究費をもらってトロント大学の客員教授をやっていたときに、トロントに住んでいました。それで英語が話せるようになりました。今回、久しぶりにトロントに戻ってきて、しかも、全然関係のないところで、自分が人生をかけてやってきた口笛でトロントに戻って来られたことは、偶然というか縁というか、嬉しいなと思います。
小学校のときに英語を1年使う生活をした後、中学校のときにオランダに行って、高校のときに1年メキシコに留学しました。その後、アメリカの大学に進学したんですけど、アメリカの大学の3年次をアフリカのカメルーンで過ごしまして、アフリカ学を専攻していたんですよ。
卒業して日本に戻り、在学中に知り合ったシンガポール人の彼女と結婚しました。その子がASEANの仕事をやっていたんです。ずっと遠距離だったんですけど、一緒に住もうかとなったときにフィリピンで働くことになり、フィリピンに3年間住みました。コロナ禍の途中で日本に戻ってきて、今は日本にいます。
―留学の期間は1年間とかですよね。それでもその期間で、そのとき使った言葉をマスターしていったのでしょうか。
わりと短期で、一番長かったのはフィリピンの3年ですね。事前勉強はしてから行っているんですけど、基本的には現地に行って、文化や生活の中に入り込んで身につけるやり方をしてきたので、ガリガリ勉強する感じじゃないんですよ。むしろ実体験としての言語として身についています。
トロント国際映画祭での『Whistle』ワールドプレミアについて

―今回、トロントでワールドプレミアですが、今の心境はいかがでしょうか。
ことの大きさがわからないというのが正直なところです。さっき街を歩いてみて、「うわ、でけえな」って思ったのが最初の感想です。私はまだ映画を観ていないので、どういうふうに仕上がっているか、お客さんがどういう反応をしてくれるか、すごく楽しみにしています。
―このあと、みなさんで一緒に観に行くんですね。
そうですね、ちょうどこのあと舞台挨拶に立ちます。2005年に『Pucker Up』(邦題『魔法のくちびる』)というNHKでも放映された口笛大会のドキュメンタリーがありまして、それを観てたくさんの人が口笛をやろうと思い立って演奏をするようになったり、コンクールに参加するようになったりということがありました。それから20年経って、またこの映画で同じことが起きて、よりコミュニティーが大きくなっていくんじゃないかなと楽しみにしています。
口笛奏者の世界のこれから

―やはりコミュニティーが大きくなって競技人口が増えるのが望ましいのでしょうか。
それはそうだと思います。どれだけ力を入れてやっても、やっぱり知っている人が増えないと、需要が生まれないので。音楽的な口笛に対する需要をちゃんと作って、それで食べていけるような世の中を作っていかなければいけないなと思っています。
―他の音楽家に比べたら、口笛を生業にしていくというのは難しいのでしょうか。
なかなか難しいですね。口笛教室をやっていらっしゃる先生方は、テレビや映画で口笛の吹替があるんですけど。ドラマや映画で、俳優の代わりに口笛を吹き替えたりするんです。あとはアニメ映画で口笛を担当したり。そういういろんなところでもっと需要が広がって、口笛が楽器のひとつとして見てもらえるようになるといいなと思います。
―できれば口笛をメインの生活の糧にしていきたい、音楽で生きていきたい、みたいな思いはあるのでしょうか。
もっと音楽に携わる時間の割合を増やしたいなという気持ちがあります。音楽で生きていくということが、どういうことを指すのかわからないですけど、それだけで食べていく必要はないと思っていて。いろんな収入源があっていいと思うんですけど、やっぱりもっと音楽に時間を割きたいという気持ちですね。今、日本で普通に会社員をやっていると、朝から夕方まで働いて、保育園に子どもを迎えに行って、ご飯を作って寝かしつけて寝る、みたいな生活で、練習をする時間もない。自分の起きている時間を、本当に1割でも2割でも、しっかり音楽に割けるといいなと思います。
トロントの読者へのメッセージ

―最後に、TORJAの読者に何か一言お願いします。
ライフワークである口笛、そして音楽がめぐりめぐって、また自分をトロントに連れてきてくれたことを大変嬉しく思います。人生何があるかわからない、その驚きを楽しんでいます。
東京生まれ。カナダ、オランダ、メキシコ、米国、カメルーン、フィリピンに在住経験があり、日本語、英語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語の5か国語を流暢に話す。さまざまな楽器を独学で学び、口笛の国際大会では2010年から入賞を重ね、2024年の世界大会で優勝。プロの口笛奏者として活動するほか、音楽家としてクラシック、ジャズ、ベネズエラ音楽などの演奏活動も行っている。
口笛の世界大会開催を目前に控え、大会の主催者であるキャロルは会場準備に奔走する。一方、米国で口笛奏者としてCDも出しているモリ―、毎度2位か3位に終わり優勝できないでいる日本人のユウキ(武田裕煕)など、口笛奏者の面々は大会出場に向けて準備を進めていた。2023年に開催された口笛の世界大会の様子を追ったドキュメンタリー。
監督: クリストファー・ネリウス
出演: モリー・ルイス、キャロル・アン・カウフマン、武田裕煕

















