【新連載】第一回 「澤乃井酒造」|女史が綴るカナダ日本酒歳時記|カドエンタープライズ・宮下清子
清酒「澤乃井」を醸す小澤酒造は、元禄15年(1702年)、江戸の沢井村に創業した。以来300年以上にわたり、東京・奥多摩の地酒として親しまれてきた蔵である。蔵は秩父多摩甲斐国立公園内にあり、四季折々の自然に抱かれている。なかでも沢井地区は、清らかな水の流れに恵まれた名水の里であり、酒銘「澤乃井」はこの地名に由来している。

澤乃井の特長は、二種類の湧水を持つことにある。蔵の裏山に湧く中硬水の「蔵の井戸」と、多摩川の対岸、山奥深くに湧く軟水の「山の井戸」。どちらの水も鉄分やマンガンといった不要な成分が少なく、有機物をほとんど含まない。酒造りに求められる水質の条件を高いレベルで満たしており、近距離で異なる性質の水を得られる酒蔵は国内でも稀少である。
この二つの水を活かした仕込みは、澤乃井ならではのものだ。生酛造りでは発酵の初期に硬水を用い、中盤以降には軟水を使用。水の硬度を巧みに使い分けた発酵コントロールを行う。性質の異なる湧水がもたらす広がりは、奥多摩の自然が与えた大きな恵みである。
出会いとご縁

最初に澤乃井酒造を訪ねたのは、東京近郊の酒蔵を見学したいというトロント在住の外科医の友人のリクエストに応え、同行したのがきっかけです。まだ肌寒い季節で、青梅線・沢井駅から急坂を10分ほど歩いて蔵に到着しました。
敷地内には料亭と軽食が楽しめる二つのレストランがあり、予約不要の軽食処「豆らく」でランチを取りました。友人は「こんな美味しい豆腐は初めてだ」と感激していました。水の良さがその味わいを支えているのでしょう。
その後、別棟で試飲を楽しみ、売店で日本酒を購入しようとした際、販売員の方と日本酒について話を交わし、名刺をお渡ししました。すると後日、澤乃井の社長自らメールをくださり、いくつかのミーティングを経て約8カ月後に取引が始まりました。あれから6年余りが経ちます。オンタリオ州は専売制度のため普及には時間を要しましたが、昨年あたりからようやく安定した扱いができるようになってきました。
魅力と個性
「澤乃井」の味わいや特徴を一言で表すと淡麗でスッキリとした酒です。蔵の敷地内には硬水が湧く「蔵の井戸」があり、さらに多摩川を隔てた山中には軟水の「山の井戸」があります。この二つの異なる湧水を持つ蔵は国内でも珍しく、生酛造りでは初期に硬水、中盤以降に軟水を用いることで、麹米を理想的な状態に導くことができます。奥多摩の清冽な水の香りは澤乃井の大きな特徴のひとつです。
また、酒造りには精米も重要です。澤乃井酒造では最新の精米機に加え、割れ米や着色米をはじく機械も導入し、より繊細で香り高い酒を目指しています。さらに昨年は日本酒仕込みの梅酒がリニューアルされ、アルコール度数が軽くなり、すっきりした味わいに。まもなくLCBOでも販売される予定です。
カナダでの評価と楽しみ方
トロントではまだLCBOでの販売が始まったばかりですが、澤乃井純米吟醸「東京蔵人」という名前は、東京での酒造りを表現しており、トロントの方々にとっても覚えやすい商品名だと思います。
もちろん料理と合わせると味わいも豊かになります。以前、澤乃井社長と東京で訪ねたお洒落な焼き鳥店でいくつかの銘柄をいただきました。備長炭で脂を落とし香ばしく焼き上げた焼き鳥と澤乃井の相性は抜群でした。
11月に澤乃井の社長と共に試飲会やレストランイベントを計画中

今年11月には「澤乃井」の社長がトロントでのイベントに参加される予定です。11月21日(金)から23日(日)に開催される「Wine Festival Toronto 2025」をはじめ、LCBO店舗での試飲会やレストランイベントにも参加予定です。より多くの方々にテイスティングしていただき、販売につなげていくことが大切だと考えています。
https://winefesttoronto.com/
澤乃井酒造は東京・新宿からのアクセスも良く、日帰りで奥多摩の自然と酒蔵見学を楽しめます。桜や紅葉の季節には、川のせせらぎを感じながらガーデンで日本酒を味わえる特別な体験ができます。カナダから日本へ訪れる際には、ぜひ足を伸ばして澤乃井に立ち寄っていただきたいと思います。















