カナダの経済発展の鍵を握る理系女性たち Women & Girls in STEM|特集「カナダの社会ニュース・時事問題を深読み解説!」
今年、トロントが唯一米国以外の都市としてアマゾンHQ2のショートリストに選ばれたことからもわかる通り、カナダはIT・AI分野において世界をリードする立場にある。その理由として、カナダは大学や大学院でのSTEM教育に積極的に投資を行っていることがある。STEM教育とはScience、Technology、Engineering、Mathematicsの4分野から成り、科学技術開発の競争力向上を狙い、各国が挙ってこの分野への投資を行っているのだ。
しかし、カナダにはこのSTEM分野でまだ十分にできていないことがある。それは、より多くの女性がSTEM分野へと進むこと。現在STEM分野の大学を卒業した人や、この分野での仕事をしている人の殆どが男性だと言われており、この分野でのジェンダー格差を縮めることがAI・IoT産業の発展につながることはもとより、カナダ国全体の成長にとっても重要であることは間違いない。
“多様性”を強みとするカナダ。人種だけでなくジェンダーでも多様性を強めていこうとするカナダでは現在、“Women & Girls in STEM”を促進するためにどのような活動が行われているのだろうか。
ジェンダー格差 in STEM分野
大学進学、と聞くと数十年前までは女性では珍しいことだった。しかし、近年では急速に大卒女性も増え、2011年の大学卒業者の内59%が25歳~34歳の女性であった。
しかしこれは大学としての話だ。学部の内訳を見てみると、女性大卒者全体の3分の2がSTEM以外のプログラムを卒業しており、STEM系学部を卒業した女性は少ない。Statistics Canadaによると、2011年にSTEM学位を取得した25歳~34歳の男女の内、男性は20万6600人だったのに対し、女性は13万2500人だった。(図1)
労働市場においても格差は見られる。2011年には25歳~34歳のSTEM分野で働く男女を対象にした失業率が発表され、男性は4.7%だったのに対し、女性は7.0%という結果となった。2016年にはSTEM分野で働く女性が全体の22%と発表されたのだが、1987年の20%と比べ、2%しか伸びていないというから驚きだ。
また、The Canada Research Chairs(CRC)ではリサーチ費用や給与の面で国内研究員へのサポートを行っているのだが、その女性研究者数は1612あるポジションのうち30%しか占めておらず、こちらも男女比を考えると平等にはまだ遠い。また、世界中から優秀な研究者をカナダに集めるThe Canada Research Excellence Chairの2017年受賞者は26人だが、その内女性は1人しか選ばれていない。
2010年にはSTEM学位を持つ男女の平均収入を比べた調査が発表され、男性は6万2300カナダドルだったのに対し、女性は5万3200カナダドル。他分野と比べるとこの平均年収は高いものの、給与面からも男女格差が見て取れる。
なぜ?
では、STEM分野への進学者数・労働者数の男女比に開きはどこで発生しているのだろうか?
その鍵を握っているのは大学を決める直前のステージ、つまり高校時代が大きいとされている。大学でエンジニアリングを学びたい生徒はGrade11、12で学ぶ物理学が必修になっている。だが、Grade10の科学コースを終えた後、その物理学へシフトを行う女子生徒の減少はとても大きいとオンタリオ州政府も指摘している。数学でも同じような動きがみられており、Statistics Canadaによると数学の成績が高い女子生徒よりも、成績が低い男子生徒の方がSTEM分野に進学する割合が高いそうだ。
ジェンダー格差を解決する必要性とは?
こうした格差を解決しないでいても問題が無いのでは、と思うかもしれないが、現実はそう甘くない。カナダ国内外でもSTEM産業でエンジニア不足が問題となっており、この分野での人手不足はカナダの経済問題へ直結する。
The Ontario Network of Women Engineering (ONWiE)の会長兼ゲルフ大学で物理化学学科学部長を務めるメアリー・ウェルズ氏によると、エンジニアリング学位を持つ女性の40%がその分野の仕事を離れたり、そもそもその分野の職に一度もつかないことがわかっているという。そこからわかるのは、女性がエンジニアリング産業で偏見や固定観念から来る差別や、グラスリーリング問題に直面しているということだ。これらを引き起こしている要因には、同分野における女性のロールモデル不足も関わっている。
また、職場での差別問題やジェンダー格差は心の健康面においても影響を及ぼすことが明らかになっている。調査によると男性優位の分野で働く女性は、ジェンダー格差が小さい職場で働く女性よりも高い頻度で心理的なストレスを経験しているという。
STEM分野の女性不足は、偏見や固定観念のさらに深い根付きに繋がることから社会的問題としても国の経済にも現在その分野で働く女性にもマイナスの影響を及ぼしている。
様々な団体が女性のSTEM分野活躍を応援
STEM分野の女性不足から生じる問題を解消するため、カナダでは政府をはじめ、大手企業で様々な取り組みが行われている。そこで焦点を当てられているのが小学生から大学生までの若い女性だ。トロント大学のイスマイル・モーリヒ教授は、「若い頃からSTEMが男女平等な分野であると教わっていれば、女性がその分野に進むことを躊躇わなくなり、男性も女性に対して経緯を払うようになるだろう」と述べている。
大学の取り組み
トロント大学では年に一度、“Math in Motion…Girls in Gear!”と題したイベントを開催し、女子高校生を中心にSTEM分野への進学を促進している。このイベントの創立者件主催者であるジュディー・シャンクス氏はこのイベントを通じて「学校で数学を学ぶ生徒が経験する差別を取り払いたい」と述べた。イベントにはSTEM分野で活躍する女性や、現役学生から話を聞くことができ、「この分野を学ぶことは恥ずかしいことではなく、むしろ活躍できる可能性が大いにあることを知ってほしい」とシャンクス氏は語る。
サイモンフレーザー大学ではGrade11の女子生徒を対象に“Invent the Future”というイベントを夏に開催している。このイベントでは将来コンピューターサイエンスや人工知能の分野をキャリア選択肢の1つとして考える生徒を増やすと共に、同分野のジェンダー格差を埋めることを狙いにしている。
企業の取り組み
カナダゼネラルモーターズ(GM)では、STEM分野の女性不足問題解決に力を注いでいる。同社の社長スティーブン・カーライル氏は今年、より多くの女性が同分野に進むよう、国内大学へ向けて奨学金を創設するために180万ドルに及ぶ資金を調達することを発表し、女性へのサポートを行う重要性を語った。
IBM Canadaでも若い女性のSTEM専攻・キャリアパスを促進するために様々な活動を行っている。教育面については“IBM STEM 4 Girls”というプログラムを通じてGrade6から12までの女子生徒を対象にプログラミングを体験できるワークショップやキャンプを開催している。若い女性たちが早い段階からSTEMキャリアを将来の選択肢の1つに加えられるようにすることを目的とし、オンタリオ州を中心に頻繁に開催されているのだ。
ネットワーク・NPO・政府の取り組み
ONWiEは様々なプログラムを通じてGrade4からGrade11までの幅広い女子生徒とその親を対象に、STEM分野で学ぶ大学生や、社会で活躍するエンジニアから直接話を聞く場を設けている。その努力が実り始めており、オンタリオ州内でエンジニアリング専攻に進学した女子大生は2005年は4814人で全体の17%であったのが、2016年には8057人、全体の21・2%に増加した。
カナダ政府女性の地位大臣マリアム・モンセフ氏と法務大臣兼、司法長官のジョディー・ウィルソンレイボールド氏は、ブリティッシュコロンビア州の男女平等社会を目指し、220万ドル以上の補助金を連邦政府から7つの団体・プロジェクトに投資することを昨年発表した。
Society for Canadian Women in Science and Technology(SCWIST)ではSTEM分野で働く女性や、この分野をキャリアパスとして考える若者へのサポートや促進活動を行っている。イベントを通じて、主にバンクーバーでSTEM分野におけるジェンダー的多様性を今後進めていくことを目標に、積極的な活動が見られている。
女性がSTEM分野で活躍することは、カナダだけでなくどの国においても重要な課題である。まだまだSTEM分野で活躍する女性への偏見や抵抗は少なからずあるものの、カナダではこれを解決しようと様々な取り組みがされている。その甲斐あって、少しずつ解決の糸口が見えてきたカナダ。同分野でグローバルに活躍する女性がこの地からたくさん生まれることに期待したい。