グルメの王様のおしゃれ美食道 第20回
第二十回目 「飲茶の食文化」

「飲茶」。今は流石に“いんちゃ”、と読む人はいないでしょうが、飲茶は中国料理における文化の一つです。しかし未だに飲茶とその食事として供される点心とが混同されることが多く、ちょっと残念ですね。
飲茶で忘れられないのが今から50年前に東京は芝にあった高級中国料理店の「留園」です。竜宮城の様な豪華絢爛の建物は当時の話題をさらいましたが、同時に財界にこれほど支持された料理店は後にも先にもありませんでした。今は立派なビルになってしまいましたが、実は前の地主は我が家で、今もそのビル前に記念として残っている中国お馴染みの入り口両脇の獅子の置物は父が香港から買って来たものです。50年前の一つ360万円が高いか安いか分かりませんが、値段を聞いて驚いた事を思い出します。各階をそれぞれ北京・上海・広東・四川に分けるとの構想も見事で、当然一流の料理人が集められました。その中でひときわ異彩を放ったのが、その頃誰に聞いても世界一!と絶賛された点心の名人陳東さんです。留園無き後中国料理に力を入れていた品川のホテルパシフィックに招かれたのですが、開店時父と共に支配人に館内を案内された時、調理場で陳さんを見つけ父と抱き合って再会を喜んでいたのが印象的でした。その後全く消息が途絶えましたが今春東京でパシフィックホテルの総料理長として活躍した国際派シェフと会った際陳さんの話になり、今でも香港で仕事をしていると聞かされ、ちょっと胸が熱くなりました。
飲茶の名店は数多くありますが、一時日本で一番高い所にある飲茶として知られた西新宿三井ビル55階のマンダリンパレスには数え切れない程通いました。さて当地トロントでの飲茶事情ですが、流石に香港系の人が多く住む北の方面には様々な個性を持ったお店があります。残念ながら閉店してしまいましたが、中国の本店にエリザベス女王と江沢民主席がいらした時の名誉の写真を飾ったお店など、飲茶の特徴であるいわゆるお馴染みさんの為に専用の茶器まで置いてあり感心したことがありました。 今回訪れたのは、高級広東料理店として知られる宮廷御宴Yang’s Fine Chinese Cuisine(Bayview Ave東 / 16th Ave北)です。ちょっと東京の高級飲茶を思い出すのは、味だけではなく客筋の良いことで、身なりのきちんとした人が多く気分をよくしました。それから大衆的なお店とは異なり、箸が二膳用意されています。色の付いた一本は自分用なのですが、ではもう一本はというとこれがお取り箸。嬉しい心遣いですね。点心もユニークなものが多く、本日のお薦めを尋ねると、まず京城素鵝を挙げたので、シャレが大好きな私としては、ではガチョウシリーズで行こう、ということにして、これも珍しいフォアグラ入りの点心二点を中心に多くの料理を楽しみました。天才陳さんには及ばないまでも、料理人の技量の高さが伺える数少ない中国料理店の一つであることは間違いないでしょう。他店ではあまり見かけない中国伝統の最高級メニューもあり本当に心強く感じました。
食後に総支配人が同席の大変親しい中国の知人の所に挨拶に来てくれたのですが、和気藹々と話している最中私の方ばかり指を差しながら見ていたのが気になりました。どこかで会ったような?と話していたみたいですが・・・恐るべしトロント中国料理業界。グルメの王様も悪いことは出来ませんね。
辻下 忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。
フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。




