グルメの王様のおしゃれ美食道 第26回「マダムDの選択」






私にはある年中行事があります。それは当地における長年の友人である香港出身D夫妻の、日本美食旅行のお手伝いです。D氏はコンピューター関連会社の代表ですが、大の日本びいき。それも侍が大好きで、私でも知らない昔の時代劇のDVDをよく贈られます。中でもあの石原元都知事が霧隠才蔵役で登場した映画にはびっくり。お手伝いとは、大体10日間の日程での旅館及び日本料理店選びと交渉です。いやはやこれ程朝から晩迄一流の日本料理づくめは、圧巻です。でもこの日本美食旅行のもう一つの理由に、トロントでは本物の日本料理が食べられない、というのがあります。D氏の奥様マダムDは、ご主人以上の日本料理の大ファンなのですが、とにかく当地の日本料理、特に魚の新鮮さに関する眼力はもの凄く、大分前になりますが、やはり開店したばかりの日本料理店には一度は顔を出すものの、あるお店で食事をした時、全く不味い。普通なら席を立って二度と来ない、で済むのでしょうが、マダムDは、「おや?この不味さはもしかして?」と調理場まで歩いて行き、かつて二度と行かないと決めたお店の料理人を発見。「やっぱり!」と思ったそうで、ここまで来ると凄まじいの一言ですね。
かくいう私も数年前友人にWoodbineにある日本料理店に誘われた際、食中毒を起こすという恐ろしい目にあったことがありました。原因は傷んだ魚でした。でももっと恐ろしいのは、そういう店が廃業もせず未だに営業していること。つまり本物の日本料理、一流の新鮮な食材に接したことがない人達にとっては、それが当たり前なのでしょう。私がいつも思うのは、トロントに世界一と言える東京の築地市場があったらなーということです。お寿司を例に取ると総本山とも言える銀座の一流の寿司店の店主は、朝早くから築地に出向き、長年お馴染みの卸店で魚を吟味します。丁々発止のやり取りが良くテレビなどに取上げられますね。我々は美味しい料理を食べるだけですが、一流の料理人はこの時から調理が始まっているのです。そういう意味では、トロントで新鮮な魚にお目にかかるのは、至難の業と言えますし、事実余りの品質の悪さを嘆いたことが数多くあります。更にマダムDは、当地の日本料理店の値段は高すぎる!と興奮気味。あの味、あのサービス、あの雰囲気なら、半額が妥当!これぞ本物を知る人の言葉でしょう。さて、料理店を選ぶ基準は色々あります。ミシュランの星が多い、有名なシェフがいる、とにかくお店のサービスが抜群など。でも今回はちょっと特殊なお店選びをしてみました。あれ程当地の日本料理、特に食材に関して厳しい意見を持っているマダムDが、自宅から遠いにも拘わらず長年通っているお店があるとしたら・・・やっぱり興味津々ですね。
そのお店は隠れた名店としてファンが多い「陸羽海鮮酒家」です。Sheppard E 南 / Midland 東角にあります。週末はかなり混み、私が出かけた金曜夜は次々とお客が入ってくるというより、何だか集会所の様な感じで瞬く間に満員になりました。味の方は、他国の人を意識しない本当に香港の味というか、例えば、マダムDの好物の一つの蟹の爪のフライ。一見他のお店と同じ、と思うのですが、どこか違う、そんな感じがしました。またお薦めの豆腐料理は、具の下から見事な色の卵豆腐が現れる工夫に感心させられました。
辻下忠雄
エッセイスト・生活礼儀情趣導師(生活開発プロデューサー)
1947年東京大田区に生まれる。成城学園出身。フランス料理界、ナイトクラブ界、中国料理界の大御所として多くの逸材を育てた父と、料亭経営の傍ら歌舞伎の舞台にも立った祖父の下で育つ。美食歴59年究極の美食家。紳士の中の紳士。ベストドレッサー。生活信条は「明るく・楽しく・仲良く」超楽天主義者。トロント在住。







