園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第41回
「母の辿る道」
21年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在22歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。
先日、実家の母から電話で腰の手術をする事になりそうだとの知らせがありました。母はもう80歳。長い間たくさん働いて来たからなのでしょうか、その腰は50度近くも曲がっています。脊椎の神経圧迫もひどく、年々痛みがひどさを増し、動きも取れない程であるとの事。腰椎の間の圧迫を解除するための手術をするための検査入院をして来たのだと言うのです。
私たちは一時帰国の際はいつも台風の様にどどっと押し寄せてささっと去って行く感じです。思えば、母が年老いてからも私は日本に帰ってゆっくり母と時間を過ごした事すらないなぁ…と電話を切った後、反省ばかり。手術のときくらいはそばにいてあげないと…と、2年ぶりに一時帰国を考えています。
そんな矢先、インターネット上で次の様な内容の動画を見ました。年老いた父親と成人した息子がベンチに座っています。父親は痴呆症なのか、周りで飛び回っているスズメをじっと見つめては息子に「あれはなんだ?」と聞きます。息子は「スズメだよ。」と答えますが、やがて何度も何度も同じ事を繰り返し聞き続ける父親に対して声を上げて「スズメだと言ってるだろう!何度行ったら分かるんだ!」と怒鳴ります。そんな息子に父親はそっと息子の成長日記を見せるのです。そこにはこう書いてあります。「息子が尋ねる質問に何度も何度も答えてあげる事が楽しいのだと…。」親の愛とはそのようなものです。
ナーサリーでも子供達はひっきりなしに「これ何?」「どうして?」と延々聞いて来ます。先生達はもちろんですが、送迎時間に子供達と保護者の皆さんの会話を聞いていても、根気よくきちんと答えてあげてらっしゃるなぁ…と感心する事が多々あります。こうして親子の絆を築いていっているのだなぁとも感じます。
私も健人が子供の頃は2人で延々とおしゃべりをし続けていました。低年齢の時は何度も何度も同じ事を聞いて来たり、少し大きくなると質問攻めで的確な答えを求めて来たり…。可愛いだけでなく、反抗期も大変でした。言う事を聞かないのはもちろん、自分の思い通りにならないと泣いて騒いで、何かのスイッチが入るともうどうしようもなくなったり。でも、どれもこれもとても楽しいひと時でした。子供はいつか大きくなっていって、自分から離れていくのだから、今のこの時間をどんな状況であれ大事にしたい、そう思っていました。健人の成長を見守っていく中で、全てが大切な時間だったのです。
しかし、前述の動画を見た時、ふと逆の立場の光景が頭に浮かんで来たのです。私が健人にして来た事と同じ事を母は私にして、同じ様に思って時間を大切に使ってくれた事でしょう。
そしてまたここで、祖母の事も思い出したのです。年老いた祖母を最期まで看ていた母。祖母が同じ話を繰り返す様になり、反抗期にも似た様な状況はしょっちゅう。やがて一人でご飯も食べられなくなり、立てなくなった体は常に支えてあげなければならず、大人用おむつも必要になる…。最後はシニアホームのお世話になっていましたが、それでも母を見た時の祖母はいつもとても嬉しそうで母の事を労ってくれたと聞いています。最後まで母の体の事を心配していたとも…。母の愛はいくつになっても変わる事はないのですね。
人は皆、子供に還ると言いますが全くその通りだと思います。しかし、母が私にしてくれたように、また私が健人にして来たのと同じ様に、私もまた年老いた母に接する事が出来るのかは疑問ではありますが、その事を決して忘れぬ様心しておかねばならないと思っています。
母が今よりももっと年老いてくれば、きっと祖母の歩いた道を辿る事になるでしょう。その時は、母の私に対する思いや愛情を忘れずに母に接したいと思います。
そしていずれはいつか、私もその道を辿る事になるのですから…。
池端友佳理 ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。





