園長先生!気付けば息子も大きくなりまし…第50回
「抱き癖の形」
22年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在23歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。
先日、昼食時にレストランに行った時の出来事です。隣りの席に5歳前後の男の子を連れた3人家族が座りました。男の子が嬉しそうにペラペラ話しているのを見て、健人が小さかった頃の事を思い出し、懐かしい気持ちで見ていました。すると、座って間もなく、お父さんはいきなり新聞を広げ出し、お母さんは自分の携帯で何やら忙しそうにテキストメッセージを送っている様子。せっかく親子で週末にレストランで時間を過ごしているというのに、会話は全くありません。しかし、男の子はメニューを見て何かを一生懸命話し、何かを聞きたそうにしているのに、肝心の両親は知らん顔で自分の事に熱中しています。そのうち、質問するのを諦めた男の子は周りをきょろきょろしたり、机の下に潜ったりして遊び始めます。そして、机の下で床から何かを拾ってお母さんに見せようとした所「なんて汚い事をしているの!」的な雰囲気で怒られてしまいました。
そんな光景を横で見ていた私は、私たちのテーブルにその子を招き入れて一緒に話してあげたい程になってしまいました。男の子が、一生懸命会話をしようとしているのを聞く耳も持たず、持て余した時間を自分なりに工夫して遊ぼうとしたその子が悪いはずがないのです。しかし、最後にはお父さんが自分の携帯を子供使用にしたのでしょうか、その子に与えてその子もおとなしく携帯とにらめっこ。全ては静かに収まりました。
また、別の時に観光地で長蛇の列に並ばねばならない機会がありました。日本から訪ねて来てくれていた私の友人と私は募る話で盛り上がり、私にとっては待つ時間も苦ではなかったのですが、ふと前後の人達を見てみると驚くべき数の人達が携帯とにらめっこ。家族連れであっても子供達も各自が携帯や小さなIT機器を持っていて、イヤホンを付けて音楽でも聞いているのか、ネット上でメッセージのやり取りをしているのか、こんなにたくさんの人がいる中で、しかも家族連れが大勢いるにも関わらず、会話している人達の少なさに驚かされたのでした。
最近はネット上で若者達がIT機器から一時も離れられず、それをパロディー化したり、親が怒って携帯やIT機器から何とか子供達を引き離そうとする動画等もよく目にします。が、実際はどうでしょう?親の方もIT機器依存症に陥っている人が結構いるものです。それに、もちろんIT機器に子守りをさせておけば楽ですし、子供だってその方が嬉しいのかもしれません。
子供達が「ねぇねぇ、おとうさん、おかあさん〜!!」っと一生懸命話しかけようとしているのに耳を傾けなくなっているご時世。ますます無くなって行く親子の会話。何とも複雑な気分になってしまいます。
出産後のお母さんから「『抱き癖』はやはり良くないのでしょうか?」と言う質問があります。一昔前くらいまでは、赤ちゃんを抱っこばかりしていると抱き癖がついて困ると言われていました。泣いている赤ちゃんをすぐに抱っこすれば、抱き癖がついて、その結果、いつもいつも抱っこしていないといけなくなるので、泣いても放っておかないといけないのだと言われていた時期がありました。
でも、赤ちゃんは泣く事しか出来ません。一生懸命泣いて自分の要求を周りの人達に訴えているのです。要求のサインを出した時に誰かがそれを受け止めてくれる、反応してくれる…それだけで赤ちゃんは安心し、相互関係の絆や信頼関係を学んで行くのです。抱き癖と呼ばれていた、つまり放っておけば泣かない赤ちゃんになる、というのも事実です。泣いても抱っこしないで泣き止むまで放っておくと泣かない赤ちゃんになります。赤ちゃんは非常に賢く、学習能力がありますから、泣いても誰も反応してくれない、自分の要求を聞いてくれない、それが繰り返されれば泣かなくなるものです。それは大人の都合上、とても良い赤ちゃんかも知れません。しかし、その中では「親子の愛情」という相互関係・信頼関係は築かれるものでは決してありません。
それは、今のIT機器が関わった親子関係でも同じ事が言えるのではないでしょうか?子供が話したくて話したくてたまらない時に聞く耳を持たず、子供を黙らせるためにまた与えるIT機器。子供はそれによって大人しくなりますが、親子の絆はますます薄くなって行く事でしょう。
赤ちゃんはどんどん抱っこしてあげて下さい。それと同じ様に子供が「お母さん、お父さん!!ねぇねぇねぇ…」と話し続ける限り、目を見て反応して会話してあげて下さい。その中できっと子供達は愛情を育み、信頼関係を築いて行くに間違いありませんから。
池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。