園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第53回
「漢字のあり方」
22年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在23歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。

子供が海外で日本語を学んでいく際、会話・読み・書き…と進んで行く中で必ずぶつかるのが漢字習得の壁ではないでしょうか?会話力はあるし、ひらがなだと読んだり書いたり出来るのに漢字が入るとつまづいてしまう…。我が家の息子、健人も漢字には随分苦労しましたよ。
しかしこれは、私達大人でもある意味笑えない事が多々あります。コンピューターを使う事に慣れ過ぎてしまっていて、手書きで何かを書く機会が随分減って来た今日、たまにペンを持つと書こうとしても出て来ない漢字の多さに我ながら驚いてしまいます。
コンピューターの無かった学生時代を過ごして来た私達の世代はみな、ノートを取るのもレポートも全て手書きでしたから、頭に入っていて当たり前のはずなのに出て来ない。ましてやカナダで生まれ育って、日本語を書く機会等日本語学校以外ではまずない私達の子供達に、私達が学んで来た様な、また今の日本の子供達が学んでいるのと同じ様な漢字力を求めるのは酷な話だなぁ、と常々私は思っていました。そんな所へ左記の様な情報を最近目にしたのです。
文化庁の文化審議会漢字小委員会が漢字の手書き文字について、『常用漢字表の考え方を周知し、社会における字体・字形についての理解を深めると ともに、「つけるか、はなすか」「はねるか、とめるか」など文字の細部の差異に必要以上にこだわるような漢字の捉え方を改め、社会生活においてより親しく便利に漢字が用いられるようにするための指針であることを明記する。』と、漢字の細かい差異について、多様な字形を認めるべきという中間報告案を示したのです。それには、こういった細かい差異が原因で、筆記試験で誤字だと判断されたり、金融機関の窓口で書き直しを求められるといった混乱が実際に起きているからだそうで、政府が指針を示すことでこういった問題を解決しようと言う試みです。
一体どんな所で間違いとされるのか、例文を色々見てみましたがビックリしてしまいました。私自身、知らない事もたくさんあり、いえ、自分では正しいと思って書いていた字体が実は間違いであったり、本当はこう書くのだと初めて知ったり…。きっと、習ったのでしょうがすっかり忘れてしまっており、自分なりの認識で漢字を書いている事に気付かされました。私達大人でさえ知らない事を子供に求めているんだなぁ…と、複雑な気分に。それでも日本ではこの動きに賛否両論、様々な意見が出ている様で、子供には正しい漢字の字体・字形を基本から教えるべきだと言う意見も根強い様です。私はかなり大雑把な人間なので全く気にならないのですが、やはり日本語の基本であるからこそ、きちんとした教育を目指している人には譲れない内容なのだろうとも感じています。
そもそも楷書には、毛筆特有の「とめ、はね、はらい」があり、それは元々昔の人が筆記用具に筆を使っていたところが、現在はペンが中心となっている事で「とめ、はね、はらい」があやふやになって来ているのですね。しかも、その実用の筆記具が、筆からペン、そしてキーボードになった昨今、どんどん手書き離れは進みます。
そのキーボードで打った文字もゴシック体やポップ字体などフォントも多種多様で、楷書からはかけ離れた字体を使う事が出来ます。また、社会生活の中でも筆を使った文章も多く出て来てはいますが、今や文字はアート感覚になっており、漢字もひらがなも「とめ、はね、はらい」は本来の書道の基本からは外れているものもたくさんあります。こう考えると、子供にとってはどれが基本なのか混乱してしまうのも理解出来ます。
ただ、文化庁が示す漢字に対する柔軟な措置は、ここカナダに住む子供達に対しては嬉しい事だな、と内心思っています。とにかく、漢字を見るのも嫌な子がほとんどなのに、点の付け方やはね・はらいが出来ていなかった事で間違いや三角に採点されてしまうと子供はますますやる気が失せてしまいますから。まずは漢字に慣れ親しんでもらう事が先決です。こう考えると、もちろん日本の子達もそうなのでしょうけれど…。
どこに住んでいようと、子供達には楽しみながら漢字に触れ、学んで行ける環境を与えてあげれば一番ですよね。
次回は新年の書き初めにちなんで…(?)、池端家で実際に健人と一緒に行った漢字学習についてお話ししたいと思います。TORJA読者の皆さま、どうぞ安全で健やかな良いお年をお迎え下さい。
池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。





