園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第58回
熊本震災、私達に何が出来るか
23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。
4月14日に熊本県で発生した地震により亡くなられた方々のご冥福をお祈り致しますと共に、現地で被災された多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。また、負傷者や救助を待つ方々が一刻も早く、適切な処置を受けられることを願ってやみません。本当にありきたりの言葉しか見つけられず、こうして遠い異国の地から友人達の安否を心配する事だけしか出来ない自分にもどかしさを感じています。
カナダに移住してからこれで日本国内で起こった大きな震災は3回目になります。阪神・淡路大震災が初めての体験でしたが、あの頃はインターネットも普及しておらず、京都出身の私は関西全域が被害を受けたと聞いてからもなお丸2日間家族と連絡が取れないまま、TVに流される被害の大きさだけを目の当たりにしていましたから、何とも言えぬ辛い思いでその数日を過ごしました。
そして今、2011年の東日本大震災の復興もままならぬ状態で今回は九州の熊本県での震災。インターネットの普及によって緊急事態における情報もあっという間に拡散され、良い意味で大変便利になったなぁ、と感心しています。その反面、情報の一人歩きによってそれに振り回される人達が多く、第2の災害が問題になっているとも聞きました。善意で何かしたいと思う気持ちは山々ですが、しっかり現状を見極める事も大切ですね。
被災地の様子は写真や動画、SNSを使って多くの人がネット上に情報を拡散しています。東日本大震災の時、動物大好き人間の私には福島で取り残された動物達の姿(実際には写真や映像でしか見た事はないのです)が、未だに頭にこびりついていて、数えきれない程の命が置き去りにされたまま葬られてしまった事に対し、今でも胸は張り裂けそうな思いでいます。今回はペット同伴で避難出来る場所はいくつかあり、それはそれでホッとしてはおりますが…
以前と変わらない姿として、幼い子供や障碍児を共に避難所にいる事を余儀なくされているご家族を見ると本当に心が痛みます。もちろん、お年寄りや大人の障碍者、そして普通の女性もそうですが、こう言う時こそ本来ならば弱者が優遇されても良い状況なのではないかと思うのですが、こう言った人達こそが肩身の狭い思いをされているのを知ると、何とも腑に落ちません。
大の大人であってもこの様な状況ですとストレスも溜まって感情のコントロールも難しくなっています。ましてや何も分からない小さな子供達や障碍児にとっては、とてつもなく大きなストレスを感じているに違いありません。泣いたり、大きな声を出したり、動き回っても当たり前の行為と言えるでしょう。しかし、そんな子供達に対して「うるさい!」と怒鳴ったり、「親のしつけがなっていない」と親に文句を言ったりする人も多く、また、女児や女性に大しても性的ハラスメントがあり、非常に問題になっているとの事です。
何とも言えぬ理不尽さで腹立たしく感じます。そう言う弱者と呼ばれる人達皆、何とか別の避難区域や別棟をその人達専用に設ける事は出来ないものか、いや設けるべきでしょうと真剣に思います。同じ棟に寝泊まりする者みんなが同じ状況の仲間であり、同志であれば助け合えますし、気を使う事もないですからね。きっと、私の様に素人が考える事と現場の判断とでは色々な事が大幅に異なって来るのでしょうね。
今回、ネットで見ていて確かに…被災地で役に立つもの、立たないもの…など、本当に考えさせられます。何らかの形で支援したいと思っている人達は皆、善意で考えていると思います。
東日本大震災の時に多くの古着や中古の毛布などがたくさん届いたそうですが、広い場所を使ってそれらを使えるものだけ選別し、洗濯し、使えないものは処分し…と、多大な場所と時間と人材が必要になってしまったあげく、殆どの中古品は現地で処分せねばいけなかったらしく、その作業自体が大変だったとか。なるほど、全て緊迫した限られた時間と人材の中で行われる作業ですから、無駄には出来ない訳です。支援物資として新品を送る事自体で事がスムースに運ばれるのであればそれに協力すべきです。こう言うときだからこそ、私自身も善かれと思う事項が逆効果にならない様、遠くの地からであっても、出来る事を出来る時に出来るだけして行こうと改めて思います。
現在もまだなお、熊本県を中心に九州地方では余震が続いているようですが、避難されている方々のご健康とご無事を心からお祈り申し上げます。
池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。





