世界がアートで満たされていったなら 第43章
Trauma Release 忘却のなかに背負うもの
2016年もよろしくお願いします。ところで、皆さんの昨年はいかがでしたか?年末には必ずと言っていいほどその年を振り返るけど、年をあけると文字通り新たなページがめくられ、前の年の事は忘却の一途をたどる事になる。それにしても、昨年は色々と大変な年だった。多くの国々で、ある意味歴史的転機となるような。暗い話題の中にあって昨年の僕のベストは、ジャスティン・トルドー政権の発足だった。不安視する声も多い中、カナダの多民族国家を象徴するベストな人選で男女比50%を実現させ、カナダの先住民族との関係を一新し、歴史教育に盛り込むと宣言した事は、今後大きく世界世論に反映されていくだろう。長らく忘れられていた人たちに転機が訪れたのである。
遠足プロジェクトアジアがフィリピンに巡回している。北部の山岳地帯のバギオ市、レイテ島、フィリピン大学マニラ校内のバルガス美術館へと遠足した。フィリピンは、その立地条件から日本と同じように多くの自然災害を経験してきた。バギオ市は、過剰な建設ラッシュによる森林伐採による自然災害や10年前大地震に遭い、戦争時代に日本やアメリカによる支配下にあった。そして、レイテ島は2013年のヨランダ台風で甚大な被害に遭った。
このプロジェクトは、東日本大震災に支援物資として送られながらも使用されず廃棄処分となっていた ランドセルをアーティストたちが移動型アートギャラリーとして作品化し、鑑賞者が作品を通して自分のコミュニティの課題をシェアし、元々あった支援の気持ちを忘れずに繋いで巡回していくというものである。もう始めてから5年目である。もうすぐ震災から5年ということである。日本以外の自然災害の被災地でも忘却の過程の中にあるという意味で状況は類似しているはずだと考え、巡回して共有できる形を模索しているのだ。
レイテ島では、タクロバン周辺のタナウアンにある20名近い犠牲者が出た小学校にてワークショップを行い、Trauma Release を試みた。もともと心理学用語であるこの言葉は、Resilience(回復力)という言葉と共に被災地にてよく用いられている。精神的外傷(Trauma)を受けた被災者が、その心の痛みを抱え込んでしまう傾向があるので、うまく放出して(Release)楽になれるようにするというようなもの。一見元気そうに見えてもやはり、子どもたちが受けた衝撃は、そんなに簡単に癒えない。
傷が癒えていく過程は、忘れていく過程でもある。鮮明に覚えているという事は、いつまでも傷つき苦しむということである。しかし、戦争でも、自然災害(天災)でも、社会災害(人災)でも、その無惨な光景やその愚かさや過ち、復興の過程を後に次の世代に伝えていかなくてはならない。起こった当時一番感受性が高く、繊細で傷ついた子どもたちが傷を癒しつつも、その経験をアウトプットし、後世に伝えていけるようにするには、どうしたらいいのだろうか。間違いなく言える事は、僕たち大人が無関心であってはならないという事だ。そして、ただ関心を保つだけではなく、行動を伴い、声を発していかなくてはならないのではないだろうか。トルドー首相に倣い…(という訳でもないが)、行動を伴う大人でありたいと思う新年である。
Today’s his WORK
おもいで@福島(ディテール)
キャンバスに油彩
183 X 123cm 2015年
福島のアリスの全身像の肖像画の部分。2016年のクリストファー・カッツ・ギャラリーでの個展で発表される予定。
武谷大介 Daisuke Takeya
武谷大介は、トロントを拠点に活動するアーティスト。現代社会の妥当性を検証するプロセスを通じて、その隠された二面性を作品として表現。ペインティング、立体作品、インスタレーションなどその作品形態は多様で、国際的に多岐に渡る活動を展開。展覧会に、福島ビエンナーレ2014(’12)、新宿クリエイターズフェスタ2014、六本木アートナイト2013(’12)、Artanabata 織り姫フロジェクト(仙台)、女川アートシーズン(宮城)、くうちゅう美術館(名古屋)、MOCCA(トロント)、国際交流基金トロント日本文化センター、在カナダ日本国大使館、ニュイブロンシュ(トロント、’06、’07)、六本木ヒルズクラブ、アートフォーライフ展(森美術館)、京都アートセンター、ワグナー大学ギャラリー(NY)、SVAギャラリー(NY)、ソウルオークション(韓国)、在日本カナダ大使館内高円宮殿下記念ギャラリー、セゾンアートプログラム(東京)、メディアーツ逗子など多数。今年は、トロント市内クリストファーカッツギャラリーにて個展開催予定
大地プロジェクト共同代表、遠足プロジェクト代表。過去にアートバウンド大使 、日系文化会館内現代美術館理事、にほんごアートコンテスト実行委員長、JAVAリーダーなど。カナダでのレプレゼンテーションは、クリストファーカッツギャラリー(www.cuttsgallery.com)、 著書に「こどもの絵(一莖書房)」。www.daisuketakeya.com