Secret Weapon|オリンピック選手もサポートするカナダ公認マッサージ・セラピストが教える身体と健康【第105回】
オンタリオ州で優秀な成績を上げている少年サッカー選手の話
トロントFCから数週間に及ぶトライアウトに招待された選手は、サッカーのテクニックだけでなく、体の状態も詳しく審査されます。2022シーズンは36ゴールをあげた彼は、得意ポジションであるフォワードとして選抜されセカンドチームを相手に見事3ゴールを上げました。その後、右足にスライディングや強いコンタクトを受けて試合後は歩けずに私の所に直行してきました。次の日もプロへの最終選考がかかった大切な試合があるためママは心配顔です。本人曰く、痛くて歩けないし明日のプレーはあり得ないでしょう、との言葉にママは困り果てた様子でした。
親子喧嘩の最中のトリートメントは、こちらも大変な状況ですが、実力の発揮しどころなので冷静に自分の仕事を遂行します。このような状況でマッサージセラピストの一番大切な仕事は危険の回避です。つまり、選手のコンディションが大きな怪我に繋がる可能性があるか無いかの判断です。
私は、本人やママの意見に関わらず正確に見極める必要性があると考えていて、危険と判断した時は世界チャンピオンがかかった試合でも棄権してもらった経験もありあります。
プロチームに入れるかどうかの、「ここ1番の大勝負なんだから、少々痛くてもプレーして当たり前」がママの言い分のようにも見えますが険悪な空気が部屋に流れていました。とりあえず、応急処置を始めて様子を探ります。
判断を支えているのはセラピストとして30年間に経験したサッカー、フィギュアスケート、バレエなど多くのケースからの学び
怪我をした直後の状態は不安定で判断が非常に難しいものです。高度な機器を使って検査したからといって判断できることだけではありません。怪我の重症度が体に及ぼすレベルの判断や選手が置かれている立場を考慮した判断が必要で、状況が刻々と変化するので検査結果を待っている時間がないことです。
この状況で致命傷になるような状況は絶対に避けるべきだと考えています。また、これは第三者のマッサージセラピストの意見であり、「怪我しても良いから試合に臨む!」などと意気込む選手本人や家族の意見とは根本的に違った立ち位置にあることも理解しなくてはいけないのです。
TAD式アプローチで痛みの強さやロケーションを正確に把握
触ると飛び上がるくらい痛がりますが、ロケーションが筋肉ボディーであること、少なくとも怪我した足に体重をかけられることなどから回復の可能性ありと判断して痛みのコントールを中心としたアプローチをして念のため関連部位も丁寧に整えています。そして患部をとぼけて触ると選手の痛み反応が鈍いので炎症処置なども施して再度立ってもらうと、キョトンとした表情。指示もしてないのに自分で膝の屈伸まで始めてしまいました。ママからは「You are my secret weapon !」と喜んでいただきました。
このケースで効果的だったのはリンパのテクニックによる腫れのコントロールでした。怪我をした患部を高いポジションに置くことにより停滞したリンパ液を重力でリンパ腺に導き腫れを抑えます。例えば足の腫れの場合、仰向けに寝た状態で枕などを足首の下に入れて10~20分安静にしてリンパ液の流れを促します。腫れが少し治ることにより痛みの減少も期待できます。
TORJAのコラムでも再三説明していますが、この3点を多くの皆さんが理解する機会になればと考えています。
● 痛いとか痛くないという自覚症状は怪我の状態の判断には余りあてにならない
● 痛みが強くても危険が無ければ痛みのコントロールや動作継続は可能である
● 逆に痛みが無くても関節の運動制限があるなどの危険を見逃さないのが大切
最近は何事も即効性が求められる傾向にありますが、並行して地味な持続性のあるアプローチの重要性も理解して致命的な怪我を回避出来るアイデアを今後も説明していきたいと思います。
2022-23 シーズン後半の試合に向けてコンディショニングに来てくれるフィギュアスケートりくりゅうペア
年末の全日本選手権にトロントピアソンから向かう際、スノーストームでフライト遅延+ロストラゲージで試合を棄権してしまったので気合い十分ですが、「気合い入れすぎで空回りしないよう」、数年かけて体を整えてきたのでスケートのミスと体の不調の関係がだいぶ解明されているので、「このジャンプでコケる時にはここが悪い」と大体わかっています。なので、「もしコケたら半分はコチラの責任」と送り出しました。世界選手権優勝へ向けてトロントの皆様の応援宜しくお願いします。
コンディショニングも精度を高めていくとスケーティングとの関連性が見えて来るので選手たちにも自信を持って説明出来るようになります。失敗すると選手からの信頼度がゼロになるリスクもありますが、人生をかけて取り組んでいるアスリートたちには私も駆け引きなしに接するように心がけており、今のところ大きく信頼を失うことなく続けています。