カナダでゲーム屋三昧#010
「守-破-離」という言葉をご存じでしょうか?日本の茶道や柔道・剣道などで使われる「創造性が生まれるための型」を示す言葉です。まず最初は「守」、師匠に言われる基本の型を忠実に守るところから修業はスタートします。そこで10年。次第に自分に合ったよりよい型をつくって既存の型を「破る」。ここにまた10年。そして自分が作り出した型に立脚して、型自体から自由になって「離れる」ことにまた10年。人間は30年かけて一芸に秀でる、というものです。最近でいうとMalcolm Gladwellの『Outlier(邦題:天才!成功する人々の法則)』で「一流になるにはその分野で1万時間を費やすこと」という主張と近いところがあります。1万時間は1日3時間で毎日欠かさずやって10年間、趣味の領域としては最大限のエネルギーをかけた状態ですね。
自分の仕事と重ねてみると、ここは大いに納得できる話です。何度かお話してますが、中山の社会人デビューはリクルートでした。入社3日目に名刺が配られ、エリアの地図が渡され、そこに存在するあらゆる企業に飛び込み営業を行うことが命ぜられます。「ビル倒し」と呼ばれる儀式です。浜松町、田町、品川のビルは上から下まですべてのビルに飛び込み、1年で5000枚以上の名刺と1000件以上の依頼を獲得しました。神社から人材依頼の発注や、YAKUZAさんに飛び込んでしまったり、色々得難い体験をしました。その後の仕事の仕方はまさにビル倒しそのもので、DeNAに転職すると、当時嫌いだった携帯ゲームを理解しようと3か月で400個のゲームをプレイしました。バンダイナムコスタジオでカナダに赴任すると2か月でカナダ中の70社ほどのゲーム会社を上から順に全部まわりました。この10年間、「守」を守り切ったことにかけてはそれなりに自信のようなものも感じます。
面白いことに営業、企画、コンサル、経営と仕事は違えど同じプロセスを繰り返すと、徐々に「破」のタイミングも意識できるようになってきます。通常1年間でやる作業を、平均の3倍くらいのスピードでやると、次第に勝ちパターンみたいなものが見えてきます。リクルート営業だと「発注がありそうなお客さんの匂い」だったり、DeNAだと「売れる携帯ゲームのパターン」だったり、バンダイナムコスタジオだと「イケているゲーム会社の経営状態」だったり。
最近はネットの普及を理由に、一流とは言わずとも、二流になるための時間が圧倒的に短縮されました。多くの人・情報とコネクトできるようになったので、「セミプロ化した優れたアマチュア」が生まれるようになったのです。梅田望夫さんが〝現代は、江戸から明治に匹敵する「時代の大きな変わり目」だ。ウェブという「学習の高速道路」によって、どんな職業の可能性がひらかれたのか。食べていけるだけのお金を稼ぎつつ、「好き」を貫いて知的に生きることは可能なのか。この混沌として面白い時代に、少しでも「見晴らしのいい場所」に立ち、より多くの自由を手にするために――。″と語っています。
二流のセミプロになるのは簡単になりました。だからといって、一流のプロと二流のセミプロの間の距離はおそらく変わっていない、むしろ遠ざかっているような印象すら受けます。高速道路で皆が飛ばすようになったけど、結局検問所の数は変わらず出口は大渋滞、人より秀でるには、より速いスピード・差別化が求められる。ここを突破するのが、結局のところ「面白さ」なのではないかと思います。「守」のプロセスは冗長です。人の二倍飛び込み、二倍の依頼をもらって、二倍の稼ぎを生み出す。それはただ苦しいだけだったりする。ところが、そこに「パターン化と仮説検証」という自分なりの世界の切り取り方を創造してみると、面白さが生まれてきます。その過程でパターンはブラッシュアップされ、さらに洗練されていきます。営業を断るのは3パターンでなく4パターンあった。4個目のタイプはこうしたら攻略できる、等々。そうなると自然と生産性が上がります。二倍の動きをしても、三倍の依頼、四倍の稼ぎと階段状に成果が上がり始めます。正しいパターンが完成する「破」の極地です。将棋の羽生名人は盤を見たときに、想定される30通りの中で王道の2手に絞るそうです。指揮者の佐渡裕もベルリンフィルで最初の5分を聞いて20の改善点を出せるかどうかが優秀な指揮者の資質だと言います。自分の型があれば、現状を現状のままに捉えず、ありえる正しい型が創造できます。
そして一流の人間が目指し続けるべき到達点「離」、それは型自体を持たない。自然体のままであらゆる対応が可能な世界です。羽生名人は、将棋界で最も尊敬する谷川名人についてこう評します。「勝負よりも芸術性を目指している。勝つことではなく最良の一手、美しい棋譜を残すことに命を懸ける」。それが唯一無二だと語っています。この領域になると、相手も自分も経験値もパターンの数もほぼ同じ極地、どちらがミスをするかで勝負が決するような遊びがない到達点です。むしろこの段階でこそ、遊べる人間に勝機が生まれます。あえて一手無駄な打ち手を打ち込んでみる。そこは既存の世界では「無駄」とされていた前提自体を崩す、一つの試みです。ここは正しさよりも美しさを追求する世界、こだわりを超えて在り方に到達する世界。自分はその世界に完全に同化します。宮本武蔵でいえば無刀の域です。営業でいえば何もしなくても案件が転がってくるし、ゲームでいえば、ただ居るだけでチームが最適に動いて、経営でいえば周りが勝手に改善していきます。何をしているわけではないが、在り方自体が進むべき正しい方向を示すため、環境自体が最適化していくのです。
プロフェッショナルとは何でしょうか。「守」‐型を守り、とにかく1万時間を追求する。「破」‐経験を分類によって仮説検証の過程に変えて、飽きに流れず修練を続ける。世界を分類し、正しい型を完成させる。「離」‐勝負そのものより芸術性を追求し、何かをすることではなくどうあるべきかという生き方によって環境を最適化させる。「守-破-離」のプロセスは必ずしも身体に関わる武芸にとどまらず、仕事や組織においても、全く当てはまる話です。こうした一連のプロセスを、小さな実験場で何度もサイクルとして味わうことによって人は成功体験を得て、タスクがジョブに、ジョブがワークに、ワークがミッションにと仕事に自分が同一化していくのです。それは決してワーカホリックではなく、自分自身と仕事がパーフェクトにマッチする幸せな仕事の在り方であり、プロフェッショナルとして揺るぎないものを確立する過程なのだと思います。ちなみに、中山は将棋は分かりません。。。
中山 淳雄
1980年宇都宮市生まれ。2004年東京大学西洋史学士、2006年東京大学社会学修士、2014年Mcgill大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)を経て現在 はBandai Namco Studios Vancouer. Incに勤務。コンテンツの海外展開を専門に活動している。著書に『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版:第四回日本修士論文賞受賞作、2007年)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書、2012年)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHPビジネス新書、2013年)、他寄稿論文・講演なども行っている。