【中編】カナダ最長トレイル「ブルース・トレイル」市民活動が守る自然の宝庫|特集「トロント発ローカルな旅-ブルース・トレイルを歩き、鳥と暮らす」
後世に繋ぐ、先住民への敬意
ブルース・トレイルはAnishinaabe(アニシナベ)やHuron-Wendat(ヒューロン=ウェンデット)、Tionontati(ティオノンターティ)、Attawandaron(アッタワンダロン)、Haudenosaunee(ホデノショニ連邦、またはイロコイ連邦)、Metis(メティス)の土地を通り抜ける。そのため今でも「BTC」が土地を買う際にはスタッフが部族のリーダーに手紙で報告している。理事会にも先住民を含むことを優先している。
現在「BTC」はSaugeen Ojibway NationとMississaugas of the Credit First Nation、Six Nations of the Grand Riverと提携しヒーリングガーデンを建設中。植民地主義によって傷つけられてきた人たちの心を癒すことを目的に集まり場が作られる。ハイキングという瞑想的なアクティビティはもちろん、課外授業や先住民文化に伝わるハーブなどにも触れて心身ともに癒されるヒーリング・スペースを目指している。
昔も今も、ボランティアたちは「BTC」の柱
60年以上もの歴史があるこの団体の成功のカギはボランティア活動にある。開通までの道の整備はもちろん、今でも組織が成長し続けているのは彼らのおかげだ。
ボランティアが率いる9つのクラブではハイキング・グループやイベントが計画され、それぞれの地域の住民と絆を深めている。
ボランティアたちはトレイル利用者の安全や生態系の保護を見守るだけでなく、ソーシャルメディアやPR活動などのマーケティングも手がけている。
彼らなしにはナイアガラ断崖を守るという「BTC」の大きなミッションは果たせない。
なぜ今も私たちはナイアガラ断崖の保護を注目すべきなのか?
ユネスコのエコパーク(Biosphere Reserve)に認定されているこの断崖の地形は天候や川の流れによる侵食、そして人の手による破壊によって変化を遂げてきた。冬が厳しく夏も暑いこのエリアでは気温が落石の原因になっている。水が凍ると体積が増え、その氷の圧力に耐えられなくなった石が割れていき、落下していく。近年のマクマスター大学での研究によると、地球温暖化によって1日で観測される気温の範囲が広くなるほど、ナイアガラ断崖の侵食のペースは早まるそうだ。
トレイル完成とそれからの成長
トレイルが開通したのは祝うべくカナダ建国100年記念の年、1967年の6月10日だった。以来、メイン・トレイルおよそ900km、サイド・トレイル400kmには年間40万人の人が訪れている。
現在のメンバーシップ会員数は1万2500人を超え、ボランティアは1,500人以上にのぼる。「Bruce Trail Conservancy」はカナダトップの環境保護団体として知られるが、オンタリオ州最大の土地信託(Land trust)でもある。
意外にも私たちに身近な断崖の危機
「ナイアガラ断崖」と聞くと大自然の中と想像する人が多いが、実は都市インフラと統合されている。道路と使う歩行者や車には特に落石の注意が必要だ。オンタリオ州ハミルトンでは2007年から2017年の間、40件以上も落石による損害が発生している。ハミルトン市は落石対策に年間30万ドルをかけているが、これから気候変動が続けばさらに大きな資金が必要になることはやむを得ない。
国からも支持される「BTC」の環境保護活動
カナダ連邦政府による環境保護対策本部「Environment and Climate Change Canada」は昨年11月、「BTC」に240万ドルの助成金を支給することを発表した。政府は温室効果ガスの削減や野生動物保護、森林と水域の管理などを団体に託している。団体は2022年にも「Nature Smart Climate Solutions Fund」からナイアガラ断崖保護のために500万ドルを支給されている。国民から「BTC」への寄付金の多くは「土地を買い取るために使って欲しい」という条件付きのものが多いが、条件がない場合は運営費やファンドレイジング(資金調達)費に使われる。
誰でも自然保護に参加できる、
「Land Stewardship Program」とは?
「BTC」では生態学者のチームと250人ものボランティアたちが常にトレイルの「健康管理」をしている。彼らのミッションの中心にある「Stewardship」とは、他人から預かった資産を責任持って管理すること。つまり自然の恵を守り、後世に残すことだ。生態学者のフォーカスはトレイルの植物や野生動物、野鳥の研究。さらには生態系を危険に晒す気候変動や利用者のゴミのポイ捨て、植物を傷つける行動の影響なども調査している。団体はマクマスター大学やトロント大学と提携を結んでいる。「BTC」の創立者の一人、フィリップ・ゴスリング率いるゲルフ大学の「GRIPP (Gosling Research Institute for Plant Preservation)」もこのプログラムの中心的存在だ。
ボランティアはゴミ拾いや標識作り、野生動物のモニタリングをしながらトレイルの日常の変化を感じ取っている。外来植物の駆除や木植え、今では見られなくなった地域特有の野草を栽培も行なっている。「Land stewardship」に関わっている全てのスタッフとボランティアがトレイルの生態系をよく知っているからこそ、道のルートを改正しなければいけない際に計画が立てやすいそうだ。
おわりに
もし66年前にレイ・ロウズがナイアガラ断崖を保護するために立ち上がらなければ、今の「Bruce Trail Conservancy」の活動、そして活躍はあり得なかった。トレイル完成当時はまだハイキングが趣味として流行する前。エコツーリズムも存在しなかった。その頃トレイルは新聞で「南オンタリオ州民のためのメタボ解決策」として推奨されていたそう。娯楽と科学、市民活動が重なり合うこの団体の歴史はこれからもたくさんの人を刺激するであろう。そして、どうしたらともにナイアガラ断崖とその自然の実りを守り抜いていけるか、考えるきっかけをくれるだろう。