vol.10|『ジェイムズ』|翻訳の窓から – 書評で読む世界
マーク・トウェイン作の『ハックルベリー・フィンの冒険』は読んだことがあるという人は多いはず。パーシヴァル・エヴェレットの『ジェイムズ』(木原善彦訳、河出書房新社)は、あのハックと一緒に逃亡した黒人奴隷ジム、すなわちジェイムズの視点で描いた大人の物語。
ジェイムズは自分が売られると知り、愛する妻と娘を置いて逃げ、夜を待ち、ミシシッピ川を筏で移動する。ハックと合流し、川沿いの町で様々な事件に巻き込まれる、という大筋はハックの冒険譚と同じだ。
ジェイムズは字が読めて書けるが、それは白人にとって脅威になる。途中、ちびた鉛筆を手に入れ、自分のことを書く。鉛筆でさえ手に入れるのに犠牲が伴う。その鉛筆をジェイムズは大切に使い、障壁が立ちはだかるたびに、ポケットに手を入れ、そこにあることを確認する。
ジェイムズは体が頑強なだけでなく知的な男。白人の前ではその有能さを隠し、奴隷訛の役割語しか話さない。ひたすら白人の怒りを買わないようにする姿にハッとする女性もいるかもしれない。女性も役割語を話して生きていかざるを得ないことが多いので。いや、女性に限ったことじゃない。お国訛を出さずに標準語を話す人や、ある種の外国語を話す人もだろう。
自由が奪われ、誰かに所有されるとはどういうことなのか、逃亡中のジェイムズが出会う抑圧者や黒人奴隷によって、それは段階的に読者に示されていき、暴力を振るう喜びまでもが正当化される様子が描かれる。怖いのは、奴隷制のない国に住む現代人の想像を絶するのではなく、心当たりがあること。奴隷が感じる不自由だけでなく、時として、加害者の心にもリンクしてしまう。
意外と読みやすく、笑いや驚きもあって、ページをめくる手がとまらない。ハックの物語を読んでいればより楽しめるが、この小説から始めるのもいい。エヴェレットの作品は映画化されて『アメリカン・フィクション』がヒットしたのも記憶に新しい。

新田享子
書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。国際政治、文芸理論、歴史衣装など縦横無尽にさまざまな分野の書籍を訳す英日翻訳者。kyokonitta.com







