vol.13|『オリンピア』|翻訳の窓から – 書評で読む世界
今回紹介するのは、デニス・ボック著『オリンピア』(越前敏弥訳、北烏山編集室)。カナダ人作家によるオンタリオ州を舞台にした小説なので、TORJA読者には響く内容かもしれない。ベルリンからバルセロナまでのオリンピックを背景に、ドイツからカナダへ移民してきたアスリート一家の3世代にわたる話が7つの連作短編になっている。語り手は移民3世のピーターで、彼の微細な心のゆらぎが読者にじわりと届く、静かで抑制の効いた語りがとてもいい。
ミュンヘンからモントリオールの五輪までの時期は、ドイツから渡ってきた祖父母、両親、妹、親戚をめぐって家族の傷が表面化。この家族には2つの世界大戦の影が色濃く残り、母方のおじがユダヤ人を毛嫌いしたり、主人公ピーターがドイツ語と微妙な距離をとっている。妹想いの少年ピーターは家族の絆や死といった問題や人生の壁にぶつかりながら青年に成長するが、失意や諦念を抱えている。その姿は、「自分にもそんな時期があったな」とちくりと読者の心を刺すかもしれないが、バルセロナ五輪へ向かい、次第に癒やされていく。
この小説では、セーリング選手だった祖父、飛び込み選手だった祖母、水難事故、洪水、湖、プールと、「水」が示唆的に描かれる。ピーターの父親が竜巻好きなので、風も象徴的だ。オンタリオ南部の気候や地形をよく知る人には、水や風に絡めて描かれる登場人物の心の動きがより一層伝わるはず。オークヴィル、オークヴィルからトロントまでの道のり、アネックス地区の赤煉瓦の家並み、ダウンタウンの病院シックキッズ、通りや店の名前に、読者自身の特別な記憶も蘇ることだろう。
まずは訳者あとがきから読んでほしい。越前敏弥さんがこの小説と出会ってから日本語版が出版されるまでの経緯と熱い想いを書いている。ダン・ブラウン作品の翻訳で有名な越前さんが一生懸命、長い年月をかけて世に送り出した「激推し」作品を日本語で読めることに心打たれると思う。

新田享子
書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。国際政治、文芸理論、歴史衣装など縦横無尽にさまざまな分野の書籍を訳す英日翻訳者。kyokonitta.com





