園長先生!気付けば息子も大きくなりました・・・第10回 「息子・健人の子供時代」
20年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在21歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。
文■池端友佳理 (池端ナーサリー・スクール園長)

さて、どうしようかと考えたのだが、複雑な心境のもと、今回は我が息子…健人の子供の頃の事に付いて話してみよう…
池端ナーサリースクール、園長…と言う名目上、その園長の“長男”である健人はさぞかし素晴しく出来た子供であり、誇れる存在なのだろう…と、世の人達は誰もがそう思うのである。 うーーーん、何とも複雑な心境だ。もちろん、池端ナーサリースクールの園長を名乗る以上、世間一般で言われる“良く出来た”息子がいれば、これほど喜ばしい事はない。だが…そううまくはいかないものだ。つまり、健人はカナダの学校で言われる、なかなかの問題児であったのだ。
子供の頃、近くの公立小学校に通っていた健人であったが、何故かしら、目立つ存在であった。生徒からはとても人気者であったらしいのだが、先生達からはどうも違う印象を持たれていたようだ。健人の学校は家から非常に近かったため、昼食時間になるとナーサリーで出す昼食と同じものをお弁当に詰め、健人に届けに行く様にしていた…最初のうちは…。健人も温かい和食のお弁当を私が届けるので毎日大喜びだったのだが、いつの頃からか私が学校に着くと、校長先生が毎日の様に私の到着をパーキング近くで待ち、大きな声で「ミセス池端〜〜!!」と呼びながら走って来るようになった。
「今日、健人がクラスで…」「全く健人は今日、校門先で…」と何やら毎日の様に悪さをしていると言うではないか。
ホンのわずかな例を挙げると…。
授業中何度も後ろを向いて周りの友達の笑いを誘う…注意して反省文を書かせた所、“1.何をして注意されたのか”と言う問いに対しては“友達が消しゴムを忘れたので毎回、友達が必要な時に消しゴムを貸してあげていた” “2. 先生から注意をされないためには今後どうすれば良いと思うか”には“今後は決して消しゴムを貸さない”と書いたと言う。全く何故注意されたのかも分かっていないどころか、反省の色が全く見えないとのお叱りであった。
小学校中〜高学年にかけて、健人はインラインスケートで学校に通っていた。それは特に注意されなかったのだが、問題は校門前で健人が行ったパーフォーマンスであった。生徒を集め、校門前の階段や手すりを使ってインラインスケートでのちょっとした(健人曰く)トリックであった。危険極まりなく、それを他の生徒たちにも紹介するなどもっての他!!とのお叱りを受けた。
小学生ながらに謹慎処分を受けたこともある(いや、全く自慢にはならないのだが…)。その時はナーサリーに校長先生から直接電話が掛かって来て、すぐに健人を引き取りに来てくれとの事だった。何事かと慌てて学校へ向かう。すると、事務室前のベンチに健人以外にも数人しょんぼりとした顔で座っている生徒達がいた。健人はもちろん、反省した様子もなく「聞いてよ、お母さん、お父さん!!」と、逆切れした様子で話して来る。他の保護者もやって来て、事の発端を聞いてみると…。
学校の倉庫のドアが大きく開いており、その中には天窓があった。その天窓に向かって、ご丁寧にはしごが立てかけてあったのだとか。健人を始め、数人の生徒達はその天窓の向こう側が見たくて仕方なく、列を連なってはしごの上に上って行ったと言うのだ。そこへ、正義感正しい他の生徒が先生の元へ走って行ったと言う訳だ。そんな危険な行為をするなんてけしからんと、3日間の自宅謹慎処分をその場にいた生徒全員が受けた。
ところが、そこで健人は謝るどころか、ものすごい剣幕で口を出す。「そんなに危険な行為と言うならば、なぜ天窓に向かってはしごが立てかけてあり、その倉庫のドアが開けっ放しになっていたんだ!!」と…。他の生徒達の保護者も全員、首を立てに頷き「それはそうだ、もっともだ!」と言う事で、なんと3日間の謹慎が2日間に減らされたのであった。健人は得意げであったが、一生懸命訴えていた「だいたい、告げ口をしに行く生徒たちも取り締まるべきだ!」と言うのはさすがに却下された(笑)。
さてさて、そんなこんなで先生からの健人への苦情は後を絶たず、当然ながら、私はお弁当を届けるのを止めた。コールディスプレイで健人の学校から電話がかかって来るとオフィスの他の先生に「私はいないって言って。」と言うのも暗黙の了解になって行った(爆)。
と言う事で、私は健人に毎回注意はし続けて来たが、“馬の耳に念仏”であったであろうと確信している。さて、ここでまたひとつ…。今回のこの文を読んで私の母は大声を立てて笑うだろう…。「何、ふざけた事言ってんのよ」と。
私が子供の頃は、その右に出るものがいない程の問題児だったのはまぎれもなくこの私なのだから。特に母は、近所の人にも学校にも先生にも、常に頭を下げて、下げ続けて来た印象が私の中に残っている。ごめんね、迷惑ばかりかけて来たね…と、心から詫びを入れたい。しかしながら、幸いかな、私も健人もよく似た気性で、正義感は強い方。弱いものイジメだけは絶対にしない。もしも、健人が弱いものイジメで学校から注意されていたのであれば、私は許すことはできなかったであろうし、こうして笑ってこの様な事を記事にすることはできなかったのだから。
とにかく、教育者とは言ってもこんな園長も中には居るのだから。子育ては、あまり気を張ってしなくても良し!肩の力を抜いて、気楽に行こう!!
池端友佳理 – 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。













