園長先生!気付けば息子も大きくなりました・・・第28回 「夫婦で第2の青春謳歌」
20年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在21歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。
文■池端友佳理 (池端ナーサリー・スクール園長)

10月には主人マークが半世紀、50歳の誕生日を迎えた。私は彼が26歳の頃から一緒なので、彼の人生のほぼ半分を共に過ごして来た事になる。色々な意味でただただ感謝の一言に尽きるのだが、年を追うごとにお互いの健康について考える様になって来ているのも事実である。
40歳で糖尿病、そして癌を発病、52歳と言う若さで亡くなった母の事を考え、マークはその年に近づいている自分自身、何とかしなければ…と思っていたのか、それとも50歳前に”自分の目標となる何かを制覇しなければ”と言うMidlife Crisisなのか…。突然、昨年の9月に、体重95kg 程もあったマークが「50歳の誕生日を迎える前にずっとやりたいと思っていた”トライアスロン”に挑戦する!!」と言い出した。

全く、何を血迷ったのか…心臓発作でも起こされたらとんでもない!!と、まずは食事制限のダイエットから初めなさいと助言したが、マークは全く聞かずにトライアスロンクラブに入り、トレーニングを始めてしまった。
しかし、ただ単に”体重を落とす”と言う今ひとつ魅力に欠ける目標ではなく、『自分自身に対する究極の挑戦!!』を掲げてのスタートだったが良かったのか、驚く程スムースで快適な滑り出しであった。
マークは自分の夢に向かってトレーニングに励み、食事も自ら健康的なものへと変更し、非常に楽しんでいた。巨大な体は20kg以上も体重が落ち、筋肉隆々になって、自信に満ち溢れる様にもなった。この様な段階を経ているマークの姿をそばで見ていると、私自身も何かしないともったいない様な気分にまでなって来て、私までジムに通い始め、トレーニングする様になった。
何ともお恥ずかしい話だが、私は時間を非常に惜しむタイプで、無駄な時間は過ごしたくない、といつも思っていた。そして、この様な(走ったり、ジムで鍛えたりする)時間はもったいない無駄な時間だと以前は思っていたのだ。
私達は結婚早々から2人して別々な自営業なるものを始めてしまったので、休みを取る間もなく走り続けて来た感がある。寝ても起きても仕事ばかりでウォークホーリックではないかと自分で思った事もしばしばであった。なおかつ、健人の事、ホッケーはもちろん日本語学校やその他の事もこなして行かなければ…と言う切迫感もあったので、ストレス度は非常に高かっただろうなぁ…と今更ながらに思う。
しかし、健人が自立し、ホッケーもなくなり、なんとなく時間に余裕が出来た瞬間、それが妙に愛おしく、「こんな風に自分の時間を過ごすのもアリだなぁ」と感じた。そして、張りつめていた糸がふわぁっと緩んだ気がした。今更ながらに、こう言う時間は無理してでも作る価値があるんだと切に思う。
マークは痩せた分、昔よりは見た目も良くなり(笑)、健康になったのは言うまでもない。医学的な見地でも全ての値は非常に良く、健康的だと言う結果が主治医からも告げられ、良い事尽くめであった。
そして、何よりも今年の夏、周りの予想を遥かに超える好成績でマークはトライアスロンを完了したのだった。それだけでなく、Tough Mudder(史上最過酷な障害物競走)にも楽しんで挑戦し制覇した。マークは今、来年度のハーフアイアンマンを目標にトレーニングに励んでいる。おまけの様にトレーニングを始めた私は、人生初めての5k Runレースなるものをいくつか体験し、マーク同様次の目標に向かって共に楽しく続けている。
私もそうであった様に、きっと皆今を生きるのに一生懸命なんだと思う。でも、だからこそ今の自分を大切にするためにはちょっとした自分の時間も大切に、自分らしく過ごして欲しいと思う。そうする事によって他人への思いやりの気持ちに余裕が出来、優しさの蓄えも出来る事は私が身を以て感じているから。そして…”不可能はない”と言う事も今回マークを見て、つくづく感じたのであった(笑)
池端友佳理 – 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。













