園長先生!気付けば息子も大きくなりました・・・第29回 「頑張れフィリピン、頑張れニッポン」
20年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在21歳で大学在住中の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。
文■池端友佳理 (池端ナーサリー・スクール園長)
2013年も残る所あと1ヶ月になった。世界中の人たちが幸せにこのホリデーシーズンを迎えられれば…その願いもむなしく、先月中旬にフィリピン中部を襲った台風30号による被害は深刻で、今も多くの被害者達が援助を待ち望んでいる。

2011年3月11日、東日本大震災の光景が脳裏に蘇る。家屋、建物が倒壊、至る所にがれきの山ができ、行き場を失った人たちが途方に暮れる。道路、通信網は遮断され、被害の全容もまだわからない。亡くなった方も安否不明な人も多くいる。被災地は、衛生状態の悪化で病気の発生も懸念される。まさに、あの時の日本が再現されたようで心が痛む。
もちろん、日本も完全に復興できた訳でなく、それどころか、第2次災害の問題も多く、課題も山積みのままだ。私自身、先日TORJAのインタビューを受けた時、来年の豊富に”東日本大震災を風化させない”事を目標にし、自分で出来る支援を続ける、と宣言(?)した所であった。2011年、12年共に大きなイベントを企画し、その際は多くの方々のおかげで多額の寄付金を収集する事が出来た。今年は大きな事が出来なかったが、逆にそれでも良い、こつこつと自分の出来る事を考えていた所、このフィリピンの災害だ。
日本も、国際緊急援助隊として医療チームを派遣、被災者の救援に当たっているようだが、東日本大震災の際、フィリピンは医療チームの派遣や義援金の提供など、温かい支援をしてくれた。アジアの友邦として、今こそ日本が貢献する時だろう!派遣チームの皆さんを心底応援したい。そのようなニュースを見る都度、私も医療従事者としてボランティアに行ければ…と心が熱くなる。いや、現実的にそれは無理なのだから自分で出来る事をしなければ…。
東日本大震災の直後、すぐに「友佳理の家族は大丈夫か?」と連絡して来てくれたフィリピン人の友人がいる。温かい言葉だけでなく、その後の復興支援イベントには率先してボランティアに来て手伝いをしてくれた。「友佳理だけでなく、日本人の友達がたくさんいる。その家族、友人、みんなのために出来る事をしたい。」と言ってくれた。もちろん、彼だけではなく本当に国境を越えて多くの人々の暖かさに触れる事が出来、感謝感激したことは決して忘れる事はない。
今度は私たちの番だ。友人に連絡を取り、復興イベントがあれば私たちも参加したいとの旨を伝えた所、本当に喜んでくれた。友達とは良いものだ…個人個人のように国々がもっと親密に利害関係なく援助の手を差し伸べる事が出来たなら、なんて幸せな世界だろうか。
いつも私が思い、伝えている事だが、まさに子供達が物心ついた時から困っている人に深切にする事、助け合う気持ちを養う事が大切なのだ。子供達はピュアな気持ちで考えてくれるであろうし、理解してくれる。そしてそれは与えるばかりでなく、人生において、『お互いさま』は全ての人に共通して何らかの形で現れ、いつか自分に返ってくるに違いないのだから。
読者の皆さまも平和で素敵なホリデーシーズンを、そして良いお年をお迎えください。
池端友佳理 – 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。













