北海道2:稚内市 ―宗谷岬、ノシャップ岬|紀行家 石原牧子の思い切って『旅』第93回
日本の最北端、宗谷岬に潜む歴史
北緯45度31分に立つ最北端の碑の手前で間宮林蔵(1775〜1844)の銅像が今も海を見つめている。江戸時代に樺太が島であること、シベリアとの間に海峡(間宮海峡)がある事を発見した人物だ。
宗谷岬公園に登れば記念碑が無数にある。平和の碑(海峡沖で亡くなった米日兵士の墓標)、あけぼの像(畑作から酪農に移行し成功した碑)、ラペルーズ顕彰記念碑(18世紀欧州人として初めて日本海―オホーツク海を渡った記念)、祈りの塔、子育て平和の鐘、世界平和の鐘、などなど。
目を引いたのは旧帝国海軍が明治時代に帝政ロシア艦隊を監視するために建てた望楼だ。日露戦争に勝った(1905)日本は樺太島の南半分を領土としたが、第二次世界大戦に負け(1945)樺太(ロシア語でサハリン)を手放した過去がある。戦争、開拓民、探検家、と北海道を取り巻く歴史が岬でグルグルと渦を巻いていた。
稚内のシンボル北防波堤ドーム
宗谷岬から約40分で稚内の中心部に着く。稚内のホテルは数に限りがあるが最果ての地にしては思いもよらず都会的なホテルに当たった。夕食のバイキングは大好物のカニが食べ放題。デザートまで食べてしまったので、二人で5階から12階のフロアを順番に歩き回わって運動する。
窓の外には長いコンクリートの古代ローマ建築を匂わせる稚内港北防波堤ドームが見える。70本の柱に支えられ半アーチ型のドームは防波堤というより芸術作品だ。五年がかりで昭和11年に完成した全長427メートル、高さ13.6メートルの防波堤は思いのほか古い。昭和53年に改修、世界に類を見ないデザインで平成13年に北海道遺産となる。遅い。
ノシャップ岬
GPSが狂った。海岸沿いの道は狭くなり民家の敷地が迫る。車を降りて草むしり中の女性に声をかけた。地元の生活は楽ではなさそう。ここにもロシア人がいるらしく、庭に物を置いておくと不用品と思って持って行ってしまうのだそうだ。彼女は彼らを「ロスケ」と呼んでいた。空家を指さして去って行った隣人の話をしてくれた。
教えてもらった方に進むと道内随一の灯台に出た。1900年に建てられた稚内灯台は米軍によって高台から現在の地に移設させられたが看板にはそこまで書いてない。港の船は少なく若い漁師達もほとんどいない。稚内の漁業の全盛期は48年も前のこと、それが理解できたのは底曳漁の親方の屋敷、旧瀬戸邸へ行ったときだった。
映画『北の桜守』に出た旧瀬戸家
吉永小百合と堺雅人出演の映画に使われた家、といえばさらに興味が湧く。木造二階屋の家は外見質素だが各部屋に手の込んだ細工が施され当時の底曳漁業の親方の裕福な生活ぶりを伺うことができる。広間には酒盛りの膳がずらり並べられ稚内が潤っていたことが想像できる。強烈な印象を受けたのは全盛期の港、稚内港の昭和50年(1975)の写真だ。漁船がひしめき合って港に停泊し、トラックも身動きできないほどの混雑ぶり。しかし自国の陸地から漁業専管水域200海里が世界中で実施されると昭和52年(1977)ソ連も200海里を主張。線引きされた途端に稚内の漁獲量は激減、街は一瞬にして火が消えてしまった。60隻あった稚内籍の船はたったの5隻に。
南極越冬隊資料展示コーナー!?
場違いのペンギンの壁画がプレハブに?!北海道に野性のペンギンはいない。案内書にも載っていない建物。見れば「南極」の文字が… 私は昨年の1月に南極に行ってきたばかりだったので(2023年5~12月号記)当然ひきつけられた。
2023年6月号 https://torja.ca/ishihara-makiko-78/
2023年7月号 https://torja.ca/ishihara-makiko-79/
2023年8月号 https://torja.ca/ishihara-makiko-80/
2023年9月号 https://torja.ca/ishihara-makiko-71/
入口に鍵がかかっておらず、人気もない。中に入るとトドの剥製が私たちを出迎えた。奥には南極昭和基地の第一次(1957)越冬に使われた住居棟が丸ごと展示されており、向かいの壁は連れて行かれた樺太犬の写真記事で溢れていた。
謎が解けた。第二次隊に置き去りにされた15頭のうち一年後1959年に生存が確認されたタロとジロの話は有名だが、みな稚内育ちなのだ。ジロは後1960年に南極で病死、タロは1970年日本で老衰。
住民の運動も虚しく、二頭が故郷稚内の飼い主に戻される事はなかった。このコーナーは愛犬たちと稚内を忘れてほしくないという住民の願いを込めた場所に違いない。
石原牧子
オンタリオ州政府機関でITマネジャーを経て独立。テレビカメラマン、映像作家、コラムライターとして活動。代表作にColonel’s Daughter(CBC Radio)、Generations(OMNITV)、The Last Chapter(TVF グランプリ・最優秀賞受賞)、写真個展『偶然と必然の間』東京、雑誌ビッツ『サンドウイッチのなかみ』。3.11震災ドキュメント“『長面』きえた故郷”は全国巡回記念DVDを2018年にリリース。PPOC正会員、日本FP協会会員。www.makikoishiharaphotography.com
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