スペシャル・インタビュー 樹木希林さん
トロント国際映画祭スペシャル・インタビュー
「あん」主演 樹木希林さん
樹木希林 女優。東京都生まれ。
1961年に文学座に入り、「悠木千帆」名義で女優活動スタート。1964年に森繁久彌主演のTVドラマ「七人の孫」にレギュラー出演し、一躍人気を博す。1974年からはTVドラマ「寺内貫太郎一家」(TBS)で貫太郎の実母を演じ、社会現象を起こすまでになる。2008年に紫綬褒章を受賞、2013年には『わが母の記』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞、2014年秋には、旭日小綬章を受章したばかり。
9月10日から20日まで大盛況で幕を閉じたトロント国際映画祭。40周年を迎えた記念すべき今年は、コンテポラリー・ワールド・シネマ部門に出品された「あん」が注目を集めた。TORJA編集部では、同映画祭で舞台挨拶に登壇するためトロントを訪れた主演の樹木希林さんに映画の魅力などお話を伺った。
ハンセン病をテーマとした「あん」が海外で公開されることについての感想を教えてください。
日本におけるハンセン病政策は海外諸国と比べて30年ほど遅れており、それほど日本において、ハンセン病の歴史は暗く閉ざされているものでした。私自身最初は、その歴史自体に関心があって出演させていただいたわけではなく、河瀬監督という作り手がなかなか魅力的だったので、ぜひ仕事をしてみたいな、というのがきっかけで参加させていただきました。河瀬さんは非常にパワフルな方で、普通の日本の監督であれば、同じハンセン病であってもこういった形で世界に出ていかなかったと思います。彼女の大きな功績だと思います。
樹木さんが「すごい方だ」と絶賛される河瀬監督とお仕事をされた感想はいかがですか?
河瀬監督は要求される事が高く、一言でいうと大変でした。例えば、「小豆の声を聞いてください」や「桜の声はどう言っていますか?」など、真剣におっしゃるので、最初の内は笑っていたのですが、徐々にそう思わないといけないのだなと、受け止めるようになりました。でも、実際は聞こえないので監督と騙し合いですね(笑)。また、監督は自分のイメージと合わなければ、ほとんど撮り終わっていてもバッサリとカットする潔さがあります。カットされた方の役者はとてもショックだと思いますが、そういったことを気にせず、思い通りの映画を撮るために残酷になれるところは、女性ならではですね。私はいくらカットされても全く気になりませんが、きっと立ち直れない役者さんもたくさんいると思います。でも彼女はものづくりに対して絶対に譲りませんから。作り手としては見事ですよ。自分の思い通りに突き進む強さを持った監督が現れ、しかもそれが女性というのは、日本映画界に於いて非常に喜ばしいことだと思います。
桜が象徴的なこの映画ですが、主人公において桜はどのような意味があるのでしょうか?
ある意味で死の花、であると思います。風の吹き具合によってあっという間に散ってしまう、桜を待ちわびる人たちの心の分量に反比例して儚く散ってしまう潔さが、日本人の気持ちに合うのだろうなと思います。一つ一つの小さな花はなんてことないのに、集合体になったときに、あの圧倒される存在感、そして、何もなかったように散って、また春が来ると咲き誇る、日本には「水に流す」という言葉がありますが、桜はそういったものを表しているなと思います。
「水に流す」という言葉は無責任な言葉だなと思っていましたが、今の日本を見ていると「水に流す」のも必要な考え方だなと思うようになりました。現代の日本において、1つ問題が起きると、徹底的にやっつけ、そこから何も生まれない。自分がやっつけられた側の人間になることなんて、1ミリも考えていないように思います。昔の日本は自分も当事者になり得るという考え方がありました、もっと違っていたと思います。今の日本人は徹底的にやりきってしまう怖さがあります。例えば、たった今戦争が出来るような法律に変わろうとしていますが、それも自分以外の人間が戦争にいくと思っていませんか?と聞きたいですね。どこか別のところで起きていることで、決して自分が当事者になることなんて考えていないように思えます。桜が毎年咲き誇るうちに、「水に流す」という考え方をもう一度日本人は見直すべきではないかと思います。
今回の映画の為に、施設へ出向いてお話をされたとお聞きしました。実際に患者さんたちとお話をされてどう受け止められましたか?
10代のうちから隔離され、何十年も施設に閉じ込められてきた方達の苦悩や葛藤など、それはいくら聞いても理解できるものではありません。想像を超えたところにあります。隔離された方達はひどい状況で、映画では子供ができても産むことが許されないなど描かれていますが、それもごく一例にすぎません。あまりにも悲惨すぎて寄り添うことしか出来ません。しかし、もしハンセン病が伝染する病気であれば、隔離政策が取られたというのも理解できます。その為、「隔離した方が悪い」と過去の政治家を悪者扱いすることもできません。今現在ハンセン病は伝染しない病気だということが証明され、施設もどんどん閉鎖され、世の中が変わってきていますが、過去の暗い歴史を認め、映画として残すことができ、その中で役者として関わらせていただけたことはありがたいことだと思っています。
主人公「徳江」はどのようなところにポイントをおいて演じられましたか?
ハンセン病を背負いながらも、どういった仕事ができるかを模索している徳江を特に社会においての「弱者」として演じることはしませんでした。
徳江がつくるあんこは大人気となりますが、「ハンセン病を患う患者がつくるあんこ」という噂が広まった時に、徳江はいち早くそれを察知し、すっとお店を去ります。「それならそれでいいのよ」と。なぜ差別する、私が被害者だという芝居はしていないわけです。そこが、私があの役を演じる時のポイントでした。徳江を「かわいそうな人」として描くものではないと考えていました。
私は実際、この映画のモデルになった人に会いましたが、パワフルでとても悲劇な人には見えませんでした。会いに行った時に職員さんと喧嘩していたくらいですから。私と話しているときも、「あなた見たことあるわ、テレビに出ている人?」と聞かれて「ええそうですよ。」とお答えしたら「あんた、がんばりなさいよ!」とこちらが励まされるくらいでした。もちろん、当時の話をきくと、とても辛いものですが本人はとてもしたたかに、そしてたくましく生きている訳です。そうではないと生きられませんから。
人は目に見える、見えないに関わらず、何かしらのマイナス要素は持っています。私自身は身体的な障害はありませんが、すぐ人と喧嘩をするという性格上のマイナス要素があります。芸能の世界だから、たまたまうまくいっていますが、これが会社員だとしたら、大変なことになるわけです。形は違うけど、みんな何かしらのマイナスは持っていて、それを認めながら「では、自分は何ができるのかな?」と役割を見つけていくことが重要だと思います。それが徳江を演じる上でもポイントとなりました。
徳江さんの表情が働きたいとお願いに来る時、働き始めて充実した日々を過ごす時、そして仕事を辞めた後、どんどん変わっていくのがとても印象的でした。特に中盤から最後にかけては全く違う人のように見えますが、徳江さんの中でどういった心境の変化があったと思われますか?
働ける場をもらえたことに納得がいき、リタイアし、死というものに向き合う中で、徳江が施設の中に閉じ込められた自分だけが生きづらいと思っていたのが、自由の中でも生きづらいというのを実感していく、そういった学びから徳江の表情が徐々に変化していったのだと解釈しています。自分が閉じ込められているから不自由なのかと思えば、自由な中でも不自由なのだ、ということが分かり、「考え方を変えて生きてみようよ」というメッセージを千太郎やワカナちゃんに継承していくという役割が徳江の中で見えたから、顔が変わっていくように見えたのだと思います。1つの命が消えるとき、その考え方が継承される。その継承先を見つけ、そして徳江自身の1つの役目が終わるということを悟り、終盤のあの表情に繋がっていたのだと思います。
樹木さんも、また河瀬監督も業界で大活躍されているわけですが、女性の躍進についてどう思われますか?
私の場合は結婚して45年、別居して44年でしたので仕事をするにはラッキーでした(笑)。普通に考えると、仕事をしながら家庭を支えるのは無理だったと思います。私自身、女性の社会進出については、女性には女性の適性がありますから、適性にあった社会進出をしていくべきだと思います。女性の政治家の方達が「私は〜!」などと、主張するのを見ていると、だんだんと顔が醜くなっているように思います。きっとそれは女性の適性に合っていないのですね。
「雌鶏が時を刻むと国が滅びる」という中国のことわざがあるように、女性には女性の適性がありますよね。社会進出をしたい、では、私は社会で何ができるだろう、という適性を探っていくという謙虚さが女性を綺麗にしていくと思います。その点、河瀬監督は、監督としては主張しますが、奈良に住み、家庭では田植えをしたり、子供にきちんとした食事を摂らせたりと配慮が行き届いていて感心しますね。私も、常に自分の成長を目標にして生きているので、決してぶつかったりはしません。目指しているところが人とまったく違うのですね。社会に出ることが目標ではなく、自分自身の成長、そしてそれがどう社会で役に立つか、ということが重要なので自分自身が社会とぶつかるようなことはない訳です。今私は事務所にも所属せず、マネージャーもおらず全て1人でやっていますが、もしそれが社会で主張するような女優であればもっと着飾っていたりしますから。でもそんなのは私の質には合わないと10代の頃から分かっていましたから。芸能界でこんなおばあさんで1人でやっている人なんていませんよ(笑)
ぜひ海外で生活する日本人の方達にも、日本人特有の慎ましく、そして人間少し古風な方が魅力的なので、そういったところを大事にしながら、自分なりの生き方を見つけていって欲しいと思います。人それぞれ違った質というのがありますから。
到着間もないと思いますが、トロントに来られた感想を教えてください。
やはり大都市だと思いますね。そして、空港に降り立った瞬間に一斉にタバコの臭いがしたのが印象的でした。みなさん、それまで吸えないものだから、一斉に吸い出して。その臭いにびっくりしました。元喫煙者の私がいうので、よっぽどだと思いますよ。早くタバコなんてやめた方がいいのになぁと心の中で思っていました(笑)。
今回の映画をどのような方に観てもらいたいですか?
ご縁ですから、どういった方に観てもらいたいというよりかは、観られた方にどうだったか、という感想をお聞きしたいですね。
TORJA読者の方達へメッセージをお願いします。
海外、日本関わらず今いる場所がご縁の場所なので人とは比較しないで生きていって欲しいと思います。自分自身以外の物と比較しないで生きていけば自信に繋がると思います。
映画紹介
ドリアン助川の同名小説「あん」を、世界を舞台に創作活動を続ける監督・河瀬直美が映画化。日本を代表する女優・樹木希林をはじめ、抜群の演技力で独特の存在感を放つ永瀬正敏、樹木の実孫である新星・内田伽羅や、芸歴50年を超えてようやく樹木との共演が実現した市原悦子など、豪華キャスト陣が映画を盛り上げる。
縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の張り紙をみて、そこで働くことを懇願する1人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どら焼きの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりにも美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし、心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…。
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