【トロント国際作家祭(TIFA)インタビュー】「ユーモアの根底にあるのは 十代の頃に観たハリウッド映画」独自の物語世界で 読者を魅了し続けるミステリー作家 伊坂幸太郎氏|#トロントを訪れた著名人
2000年、『オーデュボンの祈り』で鮮烈なデビューを果たして以来、『マリアビートル』『ゴールデンスランバー』など数々の話題作で文学賞を受賞し、今や日本を代表する作家となった伊坂幸太郎氏。『アヒルと鴨のコインロッカー』『重力ピエロ』といった映画化作品を通して、その名前を知る読者も多いだろう。近年は海外での評価も高く、作品は20以上の言語に翻訳されている。 その伊坂氏が、2025年に開催された第46回トロント国際作家祭(TIFA)の招へい作家としてカナダを訪問。これにあわせてジャパンファウンデーション・トロントが主催したトークイベント&サイン会に登壇した。作家生活25周年を迎えた今、伊坂氏に創作への思いと、言葉を紡ぎ続ける原動力について伺った。
トロントで感じたスポーツの熱気
―トロントはいかがですか?
トロント国際作家祭に呼んでいただいたものの、実は旅行が好きではなく、海外が特に苦手。でもせっかくなので、NBAを観てみたいなと調べてみたら、ちょうど試合をやっていて。知っている選手たちを生で観ることができました。
―デビュー25周年を記念した長編ミステリー『さよならジャバウォック』も、バスケットボールのお話ですね。
バスケが最近好きなんです。そのあと、パブリックビューイングで、ワールドシリーズ(ブルージェイズ対ドジャーズ)を観ました。というのも、ブルージェイズの試合を皆で応援しましょうと、NBAの試合が急に1時間前倒しに変わったんですよ。仕事の後に向かったので、前半観られなくなってしまったのですが、その盛り上がりに驚きました。
世界中から愛される伊坂ワールド
―トロント国際作家祭のイベントの一つとして、『マリアビートル』原作のハリウッド映画『ブレット・トレイン』(2022年)の上映会がありました。2週連続で全米興行収入ランキング1位となった大ヒット映画です。本作を機に、伊坂先生の作品が海外に広がっていく実感はありましたか。
アジア圏ではもう少し前から読んでもらっていたのですが、英訳はなかなか壁が厚くて。ちょうど映画が上手くいっている頃に、イギリスの出版社が僕の本をおもしろがってくれて、それがほぼ同時期でした。『マリアビートル』が、映画化と英訳版の両方を叶えてくれました。その後『マリアビートル』は映画の効果もあって、僕としては初めて20カ国以上で翻訳されました。それに終らず同じようなテイストの作品で翻訳出版が続きました。実感はないのですが、見本が届くので、「これはどこの言葉かな」と眺めています。
イギリスで最初に英訳されたのち2022年にイアン・フレミング・インターナショナル・ダガー賞(推理作家協会による、世界で最も優れた翻訳小説に贈られる賞)、2024年に、イアン・フレミング・スチール・ダガー賞(推理作家協会による、世界で最も優れたスリラー小説に贈られる賞)にノミネートされたことは印象深いです。中身をおもしろいと評価していただいたのだと思うので、嬉しかったですね。
―違う言語で翻訳されていく際に、大切にされていることはありますか。
実は特にありません。変な風にしないだろうとエージェントの方を信頼しているので、僕はうまく広がってほしいなと祈るだけです。
僕の小説は、日本語でユーモアを出したりとか、日本の文化を前提に書いていたりするので、海外の人にどうやって伝わっているのかは謎です。違う言語で読んだ人に感想を聞いたことがないので。
―トロント国際作家祭では読者の方からの質問会もあります。海外ファンの感想を知る機会になりますね。
読者の方と会う機会はほぼ無いので、緊張します。僕は仙台に住んでいるのですが、仙台は大きな街ではありながらもこじんまりとしていて。先日、向こうから歩いてきた女性に「あ、どうもー」と挨拶されたので、同じ町内の人なのかなと思って「どうもー」と返したら、すれ違いざまに「いつも読んでいます」と言われて。「読者なんだ」と驚きました。
そういうことはたまにあるのですが、本のことを聞かれたり、喋るのを聞いてもらったりすることはほとんどなく。日本でも1回しかないです。
―驚きです。それはなぜですか?
小説家は一人でコソコソやる仕事で、もともと人前で喋るのは得意ではなくて。それに人前で話したときに、話すのが下手でがっかりされたら、良いことがないなと思ってしまいます。作品だけ読んでいただければ良いと。アジア圏での出版の際は、何回か行かせていただきましたが。
―とはいえ、読者の方の感想を目にされる機会もあるのではないでしょうか。

自分がおもしろいと思うことを書く。
小説を書くのが好きなんです。
そうですね、ファンレターをいただくこともあります。みなさん良いことを書いてくださっていて、なかなかそのまま受け止められないので、薄目で読んでいます。そういえば、前にアメリカに住んでいる男の子からもらった手紙に、伊坂先生とマイケ ル・ジャクソンが尊敬する人物ですと書いてくれていて、本当に?と驚きました。
メッセージをいただくと、そのときはありがたいのですけど、がっかりされたくないなと思ってしまいますね。
小説家は自分ファーストで物作りをする、乱暴な仕事
―では創作活動は反響にも応えたいという思いよりも、ご自身のクリエイティブ精神のままになさっている。
それはありますね。一番は自分のためにやっています。だから、マーケティングみたいなことも一切考えません。
ただ読者がいることは知っていますし、書いているときに、「こういうことをやると、みんな怒るかな」「なるべくみんなに喜んでもらいたい」と意識します。でもそれは優先順位が低くて、自分がおもしろいと思うことを書くっていうのが一番です。
小説家って、乱暴な仕事だなって思います。自分がおもしろいと思うものを作って、「これ、楽しんで」っていうのって、かなり一方的じゃないですか。
自分で好きな家具を作って、「これ部屋に置いて」って言っているようなもの。どんな椅子がいいかとか、聞いた方が良いじゃないですか。
なので、それでもおもしろかったと言ってくれる人をありがたいな、優しいなと思います。一方で、今回つまらなかったって思う人がいても、それはそうだよなと。別にその人のオーダーを聞いて作っているわけではないですから。
―小説を作っているときに、どのタイミングがおもしろいですか?
ひらめいた時が一番かもしれないです。コンセプトでも設定でもなんでも「おもしろそう」って思えたら、「天才かも!」と錯覚するんです。そのときは嬉しいです。
それで、ここはきっと楽しい場面になるぞって思いながら書く。最初から書けることは少なくて、思ったよりおもしろくならなかったりする。それを書き直しながらイメージに近付けていって、できたときは格別です。
あとは表紙が決まったとき。本として出来上がるぞっていう実感があって好きです。本が世に出ると、売れた・売れてないと結果が見えてしまうじゃないですか。だから出来上がる直前が最高ですね。表紙は自分の作業もいらないので、「かっこいいですね、なんか売れそうだね」みたいに、みんなで盛り上がっているときが幸せです。
ハリウッドが教えてくれた、セリフの躍動
―伊坂先生の作品は、キャラクターたちの生き生きとした会話劇も魅力です。日常から拾って描かれているのでしょうか。
それが多いですね。段取りを考えて書くと、説明っぽくなってしまってうまくいかないです。あと難しいのは、会話を文字で表現すること。たとえば、友達と喋ってゲラゲラ笑ったことは、そのまま文字に起こしても意外におもしろくない。それは多分、その場の雰囲気とかリズムがあってのことなので。そう考えると、小説の中の会話ってリアルではありません。
根底にあるのは、僕が十代のころに観ていたハリウッド映画かもしれません。当時エンターテインメントの王様といえばハリウッド映画で、気の利いたセリフがかっこいい。これがワクワクするっていうのが刷り込まれていて。
会話を書くノウハウがあるのではなく、勘でやっているのだと思います。おもしろいことを思い浮かべつつ、アドリブのように5行先が思いつく感じで書き進めます。
―ハリウッド映画化されたこととつながりますね。
そうですね。ハリウッド映画は自分が生きてきた中で憧れがありました。ブラッド・ピットさんが出演してくださって。夢のようでしたね。

伊坂 幸太郎(イサカ コウタロウ)
1971年千葉県生まれ。1995年東北大学卒業後、会社員として働きながら小説を書く。2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。2004年『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞、2008年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞、山本周五郎賞。他、数々の文学賞を受賞。デビュー25周年記念の最新作『さよならジャバウォック』好評発売中。
【イベントルポ】

ジャパンファウンデーション・トロント企画「伊坂氏と殺し屋シリーズ最新作『777』の英訳者ブライアン・バーグストロム氏が創作の裏側、翻訳・映像化の経験を語るトークイベント&サイン会」

小説家になったきっかけの本
高校生の頃、父親から『美術評論 絵とは何か』という本をもらった伊坂さん。「人生とは一回限りである。しかも短い。その短い人生を想像力にぶちこめたらそんな幸せなことはないと思う」とのフレーズに出会い、小説家を志した。
またその本には、「芸術家というのは、現実とつながった少し離れたところに、小宇宙をつくる存在だ」とも書かれていたそう。「たとえば、ついていないことがあったら、これには何か意味があるのではと思いたい自分がいて。実際は偶然であったとしても、考えることが楽しいんです。みんなが見ている風景の裏側には、こんな意味があるのかも。そういうことをどうしても書きたくなります」と語った。
『777 トリプルセブン』の裏話

本作にもひらめきが生きている。ある日ホテルを目にした伊坂さん。「『ブレッド・トレイン』は閉ざされた新幹線の中での話。水平方向の移動を今度は縦の移動にしたらおもしろいのでは」とホテルを舞台にすることを思いついた。新幹線もホテルも一般客がいるという共通点があり、『777 トリプルセブン』もスリリングな物語に仕上がった。
ちなみに本作は英語圏に読まれることを想定して書き始めたため、キャラクターの名付けに苦戦したそう。伊坂さんは振り返る。「いつも名前はコンセプトに沿って考えます。2ヶ月悩んでいたところ、妻が『時代の名前はどうか』と素晴らしいアイデアをくれたんです。『そのアイデア、売ってくれる?』と聞いたら、『タダでいいよ』と」。こうして〝ヘイアン〟や〝ナラ〟などユニークで覚えやすい名前が付けられた。
伊坂作品に二人組が登場する理由
英訳者のブライアンさんが、「伊坂作品には魅力的な二人組がよく登場する」と指摘。それに対し、伊坂さんは「小説は地の文と会話からできているので、物事を説明するにはどちらかを使うしかない。二人のやり取りで説明すると躍動感が増すので、技術的に使いたくなりますね」と答えつつ「小説じゃなくても、もう一人の人と話すというのは大事なことです」と話した。何が正しいかわからないとき、会話であれば一つの意見に対して同意や反対が生まれ、考えが深まる。それが重要なのだという。「僕は答えが分からないから、小説を書いていることも多いです。そして会話だと、やりとりが楽しいと笑えるのも良いですよね」。
ファンからの質問!
Q.「人生とは一回限りである(以下略)」という言葉に出会い、小説家になった伊坂さん。 これからの人生で何をなさりたいですか?
A. 僕は25年小説を書いてきて、毎回、編集者には「これ以上は書けない」と言っています。でも1冊書き終わると、次はこういうものが書きたいというものが生まれてくるんです。だから常に次の1冊が完成すればいいなと思っています。あとは健康で、穏やかに暮らしたいです。
Q. ほとんどの作品を読んでいる大ファンです。作品のタイトルにカタカナが多いのが気になります。なぜですか?
A. タイトルには、漢字・カタカナ・ひらがなの3パターンと『重力ピエロ』のような組み合わせがあって。カタカナが多いのは、記号的にしたいみたいな気持ちが強いのかもしれないですね。今度タイトルをつける時、今日のことを思い出してちょっと緊張しそうです。



―トロントはいかがですか?
―トロント国際作家祭のイベントの一つとして、『マリアビートル』原作のハリウッド映画『ブレット・トレイン』(2022年)の上映会がありました。2週連続で全米興行収入ランキング1位となった大ヒット映画です。本作を機に、伊坂先生の作品が海外に広がっていく実感はありましたか。
―では創作活動は反響にも応えたいという思いよりも、ご自身のクリエイティブ精神のままになさっている。
―伊坂先生の作品は、キャラクターたちの生き生きとした会話劇も魅力です。日常から拾って描かれているのでしょうか。
Q.「人生とは一回限りである(以下略)」という言葉に出会い、小説家になった伊坂さん。 これからの人生で何をなさりたいですか?










