異国の地で希望を紡ぐ「Japan Festival Sudbury」を開催 ボイル(小路)孝子さん カナダ歴: 13年|私のターニングポイント第42回
ボイル(小路)孝子さん(写真右)カナダ歴:13年
トロントから北に4時間半ほど離れた街、サドバリーに住んでいるボイル孝子さん。孝子さんは、2011年に日本からカナダに移り住み、2年後の2013年に初産、その後2人の子どもたちを授かった。
13年前のサドバリーは日本人は20名ほどで、日本語を話す機会も日本人に出会うこともなく孤独を感じることもあったという。孝子さんは、子どもたちには日本語を継承していきたい、食事もなるべくなら日本の家庭料理で育ててあげたい、という思いが遠く離れた異国の地で生活をする心の支えだったと話す。
カナダで生きていく子供たちへ、遠く離れたこの地で生活している日本人の人たちが集まり楽しめる場として「Japan Festival Sudbury」を開催

2019年に初めての「Japan Festival Sudbury」を開催しました。日本人が少ないこの街で受け入れられるのかという不安もありましたが、それにも勝る楽しみがありました。会場を確保し、フェステイバルの宣伝チラシを手作りして近所の方々へ配布する。口伝えからスタートした広報活動はあっという間に地域へと広がりました。

会場はガジボという街中の大きな湖の近く。トロントからの友人が立ち上げを応援するために集まってくれ、7店舗ほどのブースが出店し、紙芝居に空手のデモンストレーションも行われました。天候は豪雨となりましたが、それにもかかわらず多くの来場者に来ていただきました。
今年で5回目、会場も街中にある大きなオープン野外ステージとなり、今ではサドバリー市からの協力、日系企業、地元企業そして日本大使館、領事館からの支援もいただき、毎年行われる市のカルチャーイベントとして定着しています。

また、近郊にあるノースベイ、スーセント・マリーからも参加をしていただき、北部オンタリオ地域にて唯一の日本フェスティバルとして成長しています。今では一緒に作り上げている人たちは日本人だけではありません。日系2世の方や日本が好きなカナダの方々が協力してくれています。「Japan Festival Sudbury」の開催から影響を受け、他アジア圏のフェスティバルが2年前より開催されるようにもなりました。お互いの文化を尊重し共に発信できるように共同開催を行うことも今後の視野にいれています。
未来の子どもたちに託す「希望」

今年2025年は7月の開催に向け尽力していますが、全てがスムーズに進むことはなく、開催当日までプレッシャーや重圧が毎年押し寄せます。何か物事を起こす時には、多くの力が加わります。それは良い力もあれば、のしかかる力もです。これまでも開催3日前まで音響会社と連絡がつかず契約が進まなかったり、1週間前に予定していたブースが市から却下されたりと、予期せぬ出来事はつきもので、毎回急展開な対応を強いられます。
それでも、この5年続けてこられたのは私たちが生まれ育った国の素晴らしさと芸術の奥深さを、次世代の子どもたちが誇りを持ち、カナダで日本文化を伝えていけることができるようにという「希望」があるからです。それは確実に、また着実に毎年積み重ねられていると信じています。
■ 私のキャリア
学生時代に創作フレンチレストランにてデザートのメニュー作成や、野菜食をメインにキッチンにて働いてきました。社会人になってからは、某広告代理店にて構成や制作を行い、魅せ方の奥深さをさらに学びました。カナダに移住する以前の3年間は、沖縄県にて企業と学生を繋ぐためのプロジェクトに関わってきました。
カナダに移住後、2020年から日本の家庭料理を提供する「Kako’s Kitchen」というお店を運営し、今年で5年目となります。また、3年ほど前から、市内の企業や学校、プライベートグループでワークショップを行っています。これまでに800名以上の方に参加していただき、楽しみながら学べる場を提供しています。
■ いまの自分に点数をつけるとしたら?

80点
今の自分には心地良い80点をつけます。20点はこれから先も空きスペースとしてとっておきます。
■ 幼少期〜学生時代
幼少期から学生時代までを通して、母には「フーテンの寅さん」と呼ばれていました。ひとつの場所に留まるということがなく、時間が許す限り友人たちと様々な場所に出歩いていました。予期せぬ状況に出くわすことが多く、危険回避力はこの時に養ったのかもしれません。
学生の時には自宅が徒歩5分の場所にあり、近すぎるという状況が嫌で毎朝早起きをして学校から反対の方向へ歩き、方向転換をし戻るという生活を1年以上続けていました。その当時から簡単にできること、予想がつくことというものには興味がなかったのかもしれません。
■ もし人生をやり直せるとしたら、いつ?
昨年の12月に引越しをしたばかりの自宅が火事になりました。今から2か月前の事です。その家は、私たち家族が長年住むことを夢にみていた家でした。昨日まで普通にあった日常が目の前で炎と黒煙に変わり、家族が大切にしてきたモノは一瞬にして姿を消しました。
「守れなかった」この思いは、今でも心に残り込み上げてきます。人生をやり直したいと思うことはありませんが、もしも可能ならばこの家を守りたかったです。
失ったモノもありましたがそれと同時に、私たちの周りにはこんなにも支えてくれる人たちがいるのだと気づく機会となりました。私たちの生活に色を与え、立ち上がる準備をしてくれたのは周りの方たちです。多くの方々に守っていただいたおかげで今があります。私たちが受け取ったモノを、いつか必要な方々に与えられるような人生としたいと思います。
■ 人生で大事なもの
私が生きていく中で大事にしていることは、自分の決断と行動を信じきることです。人生にはその大きさに関わらず、決断とそれによる行動が伴ってきます。結果というのはひとつの出来事でしかなくそれよりも、決断し行動してみた自分の過程を誇れるように積み上げていくことが大事だと思います。人生で大事なものは、不確かなものでも信じて行動する力を付け、それを確かなモノと変えていくことです。
■ 今後のライフプラン
振り返ってみると、私は今まで人に関わり繋げたり、多様な人が出会う「場」や「機会」をつくることを行ってきました。長期的な目標としては、限られた時間を大切に、今以上に日本とカナダを繋ぐ活動に力を注いでいきたいです。その為に知識や経験不足だと感じていますので、今後数年をかけて日本を知り、カナダを知り、文化を知り、人を知る。というのが今のプランです。
-好きな本:和尚(OSHO)著『TAO 老子の道』 / 渡辺和子著『置かれた場所で咲きなさい』
-尊敬する人:特命全権大使 山野内 勘二さん
-感謝している人と一言メッセージ:家族、友人、職場のメンバーへ/My Thanks to everyone, I appreciate all that you did for us in my time of need.
-カナダの好きなところ:思考の柔軟性や自然との共生













