絵の世界で食べていこうと 思うも、理想と現実を知る。料理の世界に戻り、師匠と出会う。鮨加地オーナー鮨加地オーナー加地満博さん(中編)|Hiroの部屋
13歳で料理の道に入り、26歳でトロントへ渡った「鮨加地」オーナーの加地さん。45年以上にわたり鮨職人として活躍し、日本食がまだ珍しかった時代から、トロントの寿司文化を築いてきた。前編では、加地さんが数々の日本食レストランを手がけ、日本食がどのように受け入れられていったか、その苦労と挑戦について語ってくれた。中編では、カナダに渡るまでのストーリーを聞いた。
ヒロ: 加地さんは、器と料理の色彩やインテリアなど、美的センスも独特の素晴らしい感性をお持ちだと常々思っていました。
加地: 実は小さな頃から絵を描くのが好きで、小学生の時に「働く人」という題名の絵で賞をもらったんです。その絵はずっと飾ってもらえて、とても嬉しかった記憶があります。料理人として地方を転々としていた僕は、17歳で東京に向かうのですが、絵の世界への憧れが残っていて、当時親戚が多摩美術大学に通っていたので、彼について行って、こっそり授業に潜り込んでデッサンなどを学びました。
ヒロ: 絵ですか!?確かに昔からお洒落なイメージがあります。ニューヨーク旅行をご一緒した際も、美的感覚にこだわられていることや、内装や店内のレイアウトなど、ビジュアル的なお話もしてくださったのが印象的です。
加地: 絵の世界でこれからはやっていきたい、そんな風に思っていました。でも、その多摩美に通っていた親戚という人は、岡田真宏さんというパリやモスクワなど海外でも個展をされている著名な画家なんですが、彼が小学生の時に描いたというスケッチブックを見せてもらったんです。そこには動物が描かれていたんですが、それが写真のように美しく綺麗で圧巻でした。それを見たときに、僕には絵で飯を食っていくというのは無理だなと悟ったんです。
ヒロ: これは、おそらく多くの人にも当てはまりますが、その時はショックや悲しみがあっても、自分自身で確信的な結果を悟れば、次に向かう良いきっかけになりますよね。
絵では食べていけないと悟り、再び料理の世界へ
加地: そうですね。そうして僕に残ったものは料理でした。料理、そして鮨でやっていこうと決意するわけですが、それまでの僕は料理の仕事では自信があり、天狗になっていた面もありました。北陸から東日本を回りながら、寿司屋や料理屋の門を叩いて働き、当時、大卒の初任給が10万円程度の時代に、僕は30万円以上の稼ぎがあったんです。
そんなときに出会ったのが師匠の宮地さんです。彼の仕事を見て「すごい、この人に学びたい」と思い、弟子入りを願い出ました。宮地さんの元でおよそ6年間修行しました。給料は6万〜7万円。当時の自分にとっては、それまで稼いでいた金額に比べるととても低かったですが、我慢して働きました。お金以上に大切なことをたくさん教わり、その後、四国に帰って自分の店を開くことになります。
ヒロ: 地元での商売はどうでしたか?
加地: それがいつも、僕の友達が居着いてしまうんです。僕の友達なんて、医者かガラの悪い連中しかいないわけです。そうなるとなかなか、カタギのお客さんに寄り付いてもらえないわけです。そんなときに、師匠からトロント行きの話をもらいました。2〜3年、師匠の知り合いの店を手伝って軌道に乗せ、そのあとは帰国し、師匠の店を継ぐ約束でした。
ヒロ: そこから、加地さんのトロント生活が始まったのですね。帰国せずにトロントに残られたわけですが、カナダのどのような点がご自身に合っていたと思われますか?
加地: 日本にいたら、どこか一つの鮨屋の親父って感じで終わっちゃっていたと思うんですよ。でも、ここカナダだったら世界観が広がったというか、見える世界がすごいわけですよ。
実はネタにしても仕事にしても、普通のことしかやっていないんですけど、ネームバリューがどんどん上がっていくわけです。そうすると、世界を狙ってみないかとか、投資家が集まってきてスケールの大きな話をもらったり、挑戦したくなる気持ちがずっと続きましたね。
ヒロ: 同時に、加地さんの元で働きたいという人材も集まってきたのではないでしょうか?
加地: そうなんです。結局、僕のような人間でも、弟子というか、下で働いて頑張ってきた若い衆が100人以上はいるんですよ。それぞれ独立したり、日本に帰国したりと、いろいろですが、僕が教えた子は、日本に帰っても半年くらいでキッチンのトップに立てるようなところまで成長していますからね。
僕も、もう70を超えましたから、ここから三年くらいで、今働いてくれている子たちを立派な一人前にしていく、最後の仕上げ期間だと思っています。そのあとは、彼らがここの店をやってもいいし、どこでもトップで通用する鮨職人に育ってくれると思います。
(聞き手・文章構成TORJA編集部)
加地満博さん
鮨職人。「鮨加地」オーナー。10代のころから鮨職人としての道を歩み始め、日本各地の名店で研鑽を積んだ後、1990年代にカナダへ渡った。トロントで数々の鮨屋、日本食レストランを立ち上げ、2000年にトロントの西、エトビコに「鮨加地」をオープンした。長い間トロントで日本の鮨、「おまかせ」、日本料理文化を牽引し確固たる地位を築いている。特に伝統に根ざしながらも、独自の美学を追求した「おまかせ」スタイルは、高い評価を得ている。
Sushi Kaji Restaurant
860 The Queensway, Etobicoke
https://www.sushikaji.com/
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。NYの有名サロンやVidal Sassoonの就職チャンスを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。ワーホリ時代から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再びトロントのTONI&GUYへ復帰し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今もサロン勤務を中心に、著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。世界的ファッション誌“ELLE(カナダ版)”にも取材された。salon bespoke
130 Cumberland St 2F647-346-8468 / salonbespoke.ca
Instagram: HAYASHI.HIRO
PV: "Hiro salon bespoke"と動画検索