【長年の研鑽の先に —鮨職人・加地さんの今】鮨加地オーナー ・加地満博さん(後編)|Hiroの部屋
トロントの西、エトビコにある名店「鮨加地」オーナーの加地さんが料理の世界に足を踏み入れたのは13歳の頃。若くして北陸から関東へと渡り、修行と挑戦の日々を重ねていった。東京では一時、美術の道を志すも、親戚の卓越した才能を目の当たりにしたことで自らの限界を悟り、再び料理の世界へ。各地の料理店で腕を磨き、やがて運命的に出会った師匠のもとで修行を積む。そして四国での独立、カナダ・トロントへの渡航と、人生は大きく展開。異国の地で「世界が広がった」と語る加地さんのもとには、志ある若者が集まり、すでに100人以上が巣立っていったという。後編では、カナダでの鮨職人としての成功、70歳を超え今考えていることなど、さらに深く語っていただく。
トロントで広がった世界
ヒロ: 加地さんとの対談も、ついに最終回となりました。トロントに来られてからずっとトロントにいらっしゃって、商売も続けていらっしゃる加地さんですが、どんなところがご自身にフィットしたと思われますか?
加地: 僕もよく振り返るんですが、あのまま日本にいたら、きっと一軒の鮨屋の親方として終わっていたでしょうね。でも、トロントに来たことで世界がぐっと広がった。自分では「特別なこと」をしているつもりはなく、ただ真剣に鮨と向き合っているだけなんですが、この街はそんな姿勢に反応して、名前や存在を押し上げてくれるんですよね。その結果、受けるか受けないかは別の話だけど、「投資したい」と声をかけてもらったり、「ニューヨークで店を出しませんか」といった挑戦的な話をもらえるようになったことも。北米の第3、第4の都市であるトロントだからこそ、そうしたチャンスに巡り会えたんだと思います。
ヒロ: 鮨職人として「レジェンド」と称される加地さんも、いよいよ70歳を超えられました。前回の対談では、「今いる弟子たちが、自分にとっての〝最後の仕上げ〟」と語られていましたが、改めて、今後の展望やご自身のこれからについて、お考えをお聞かせいただけますでしょうか?
加地: そうですね、はっきり「あと何年で終わり」とか「3年後には日本に戻る」といった計画があるわけではないんです。でも、いつか日本もいいかな…くらいの感覚は少しずつ湧いてきています。
話が少し戻るんですが、弟子への向き合い方や教え方は、これまでに100人以上の若者を指導してきましたが、この20年でずいぶん変わりました。
人それぞれクセもあるわけだから、包丁の握り方や魚の下ろし方、引き方など、基本的なことでも丁寧に伝える。もちろん教えてもなかなか伝わらない子もいれば、スッと吸収する子もいる。ストレスを感じることも正直ありますが、それでも「学びたい」と本気で来る若者には、しっかりと応えたいと思ってやってきました。
ここで必死にやったことは、必ず日本でも通用する力になる。実際に、ワーキングホリデーで来て1年半のあいだに、目を見張るような成長を見せた子たちもいます。そんな姿を見ると、「まだもう少し、彼らの背中を押してあげたいな」と思うんですよね。
僕をサポートしてくれるスタッフや妻に感謝
ヒロ: ここまでで加地さんがどれほどスタッフの方たちのことを想い、またお店の方たちも加地さんとお店のことを支えてきたのかがよく分かりました。以前、ニューヨークにご一緒した道中では、裏方としてサポートされている奥様への感謝も語られていたのが印象的でした。
加地: 僕自身は、ついお客さんに喜んでもらえればそれでいい、と思ってしまいがちなんです。でも、お店の子たちがこれまでも真剣に仕事と向き合ってくれたことに感謝だし、やはり妻のサポートや家族の存在も大きいです。みんながいなかったらこの「鮨加地」は続いていなかったと思っています。
ヒロ: これまでも多くの方と対談してきましたが、加地さんはまた全然違った〝引き出し〟を持っている方。ご本人は「いろんな人に助けられてラッキーな人生だよ」とさらっとおっしゃいますが、どんな人でも助けられるわけではない。そこに、加地さんの人間力があるんだと思います。
加地: ヒロくんは、人の話を聞ける力があるよね。それって本当に大事なことだよ。だから、今のまま、自分の感覚を信じて経験を重ねていってほしい。正解なんてないから。同じ魚でも、切る人によって味わいは変わるもので、大事なのは、お客さんが喜んでくれるかどうかなんだよね。「自分はこうだ」と押し付けるんじゃなくて、〝聞く力〟を大事にしていってほしい。ヒロくんなら、きっとどこまでも行けると思うよ。
ヒロ: 本日は貴重なお時間を頂戴し、素晴らしいお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。
(聞き手・文章構成TORJA編集部)
加地満博さん
鮨職人。「鮨加地」オーナー。10代のころから鮨職人としての道を歩み始め、日本各地の名店で研鑽を積んだ後、1990年代にカナダへ渡った。トロントで数々の鮨屋、日本食レストランを立ち上げ、2000年にトロントの西、エトビコに「鮨加地」をオープンした。長い間トロントで日本の鮨、「おまかせ」、日本料理文化を牽引し確固たる地位を築いている。特に伝統に根ざしながらも、独自の美学を追求した「おまかせ」スタイルは、高い評価を得ている。
Sushi Kaji Restaurant
860 The Queensway, Etobicoke
https://www.sushikaji.com/
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。NYの有名サロンやVidal Sassoonの就職チャンスを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。ワーホリ時代から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再びトロントのTONI&GUYへ復帰し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今もサロン勤務を中心に、著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。世界的ファッション誌“ELLE(カナダ版)”にも取材された。salon bespoke
130 Cumberland St 2F647-346-8468 / salonbespoke.ca
Instagram: HAYASHI.HIRO
PV: "Hiro salon bespoke"と動画検索